2005年 3月 4日(金)

再同居

お雛祭りは終わったけど、片付けられない・・
今年は人形を後ろ向きにすることも忘れてた(笑)

まぁ、いっかぁ ヾ(@゚▽゚@)ノあはは

(・ko・) 姑が毎日いるんですけどね・・
それなりに「程よい緊張感」と「ウザイ感」があって
家事はサクサク進んでおります(爆)

所在無い時は、アイロン掛けや片付けに逃げております(* ̄m ̄)プッ

夕飯の支度に関しても、
一度も頼んでおりませんの (^0^*オッホホ
いや、きっとこれからそう言う機会も来ると思われるが
私の今の勤務時間だと、余裕で出来るんですよ。
延長勤務や、学校の長期休みシフトになると辛いけどね。

メリハリつける為にも、予定立てて頑張っております。

お陰で6時には晩ご飯がすっかり定着してます。

今まで、姑がずっとフルに近い働き方をしていたので
1人で乳飲み子抱えて忙しい生活だったけど、
余計な手出し口出しは無かったのでラクだったなぁ。

それでも「色々口出し、手出し」ありましたが (-。-) ボソッ

いつだったか・・あまりにも姑に煩く言われまして
思い余った私は、ある「電話相談」に問い合わせてました。
確か、上の娘が幼稚園入園前の4歳前で下の息子が1歳半頃。

姑から「子供達を甘やかせてる」、「早く部屋も分けなさい」と。
子供達への二段ベットを強引に買ってくれたのもこの時期だった。
今でこそ「しっかり者」なイメージの娘だが、その当時は「超甘えた」

昼寝から目覚めて私がその場にいないものなら
わんわん泣いて捜す娘だった。
姑からは「幼稚園なんて行けないんじゃない?」と
しょっちゅう苦々しく言われてました。

あまりにも重なって、私も自分の子育てに自信が無くて
これは冷静に第三者の人に相談して、判断を仰いでみようと考えた。
自分ではとても「落ち着いて」行動していたつもりだったが、
電話の向こうの相談員の方に
「お姑さん相手に良く頑張って子育てして来ましたね」と
優しい言葉を掛けられた途端、涙が止まらなくなった。
号泣とはこの時を言うのだろうな(苦笑)

「すみません、泣くつもりなんてないんです、
 ごめんなさい・・大丈夫ですから」と言いながら、号泣。

相談員の方は心得てらっしゃるのか
「いいんですよ、今まで我慢していたものが大きかったんですよ」と
それは穏かに優しく言葉を掛けて下さる。

そうして相談員の方から「あなたは、どうすると良いと思うの?」と聞かれ
「二段ベットにして部屋を分けるのは、悪い事では無いと思う。
 ただ4月から幼稚園に入園して、環境が変わるから
 子供がその変化について行けないなら、無理に分けたくない」と答えた。

そうするとね、「いいお母さんだね〜ちゃんと考えられるから大丈夫よ」と。

結局、答えが見つかったわけじゃないけど、私の気持ちはすごく落ち着いた。
誰かに「大丈夫だよ」って、言って欲しかったのかな。

その後、相方にも経過を話して
「姑さんに、あまり口出しされたなくない」と訴えた。
その頃・・相方も忙しくて(長期の出張)、今みたいに話せてなかったかな。


書いてて泣きそうになって来た(笑)>(ノ_・。)
こんな時代も経て、今じゃ立派な鬼嫁!(爆)
子供の事でも何でも、理論武装しながら姑に対応してきたら
(姑は説明や筋道の通らないコトが嫌い)
姑の口出しもすっかり減って来た・・>と、思う

つーか、私が聞いちゃいない  (≧∇≦)ノ彡 バンバン!

子供達を甘やかさなかった姑には、ある意味感謝しているのよ。
夕飯前のお菓子とか、何でも買い与えるとか・・一切無い。
子供が泣けば「泣いて済むと思ったら大間違い」と、
マジで張り合ってたし・・>母の立場形無しでしたわ(汗)

それでも子供達は「おばあちゃん、好きだよ」と言ってたから
アッパレな人だったのかもね。

そんな子供達も昨日のコト、
学校から戻った子供達に姑が声を掛けた。
「お雛様のケーキを買いに行こうか」と・・

娘は塾へ行く前に、パソコンはやりたいし宿題はあるし
息子はテレビのアニメが見たいし、ゲームはやりたいし
二人揃って「丁重に断ってた」  (* ̄m ̄)プッ
「おばあちゃん、何でもいいからね。ありがとうね」って・・
私からも「この後、塾やスイミングがあるので・・すみません」と。

姑が退職して、再同居みたいな感じに思ってたけど
確実に月日は流れてて、子供達も成長しているし
また違った「暮らし」が出来ていくような気がする。





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なんか書いてくれると嬉しいなぁ