| 2003/1/7 (Tue) |
さてと・・・
実際問題、公開日記って何を書けばいいのだ?と考えあぐねる午前零時。いやね、初の試みだしね、人様の目に触れるものだしね、どうしよう…みたいな、何を今更?(自己完結か?身勝手だ。)
そんな訳で今日(7日)見たドラマの感想とか述べてみる。今日は彼氏と買い物行ってライオンのぬいぐるみを買って貰って大はしゃぎだったにも関わらす、ドラマの感想とは薄情だ。
「僕の生きる道」というドラマ見ながら言い覚えのある台詞にぶつかった。
「なんで俺なんだよ?」
…約2年前、私も言ってました。
生後3日目で病気になって、後遺症抱えて生きてはいたんだけど、小さい頃とかは別に何も問題はなくて普通の子供と同じ様に生きてきたと思う。ただ、成長するにつれて起こってきた弊害。2年前、爆発したそれは私を手術へとおいやった(爆)
病気の私であったからこそ今の私がいて、病気を疎ましく思ったことも無かった。痛みには結構強かったと思うし、手術も初めてではなかったけれど、2年前の最後に受けた手術の時は、初めて死ぬかもしれないなと思った(笑)
手術室に運ばれる時、最後かもしれないと思った私は、親や伯母にきちんと挨拶をしてから行こう、と思っていたが、そんな暇もなく笑顔の看護婦さんにストレッチャーで「じゃー行きましょうね〜」とあっさり運ばれて「ああ、人間の最後なんてこんなもんなんだろうなw」と妙に明るい気分でいた。
手術スタッフの人たちは、この世で私が最後に会う人になるだろうから、一番いい顔を見てもらいたくて、麻酔で意識が飛ぶまで、笑顔で話をしていたw「今まで何回くらい麻酔かかった?」という質問には数えきることが出来ず答えられなくて、また笑った。
結局、無事生還したから笑い話。でもあの時は流石に慣れてるはずの私でさえ、卑屈になった。病院で思ったこと、沢山ありすぎて書ききることなんて出来そうもない。
ただ「なんで私だけこんな目に遭うの?」ってそんな事を考えたのは、本当にあの時期だけだったなって思った。
持論だけど、人間にはその人に耐え得るだけの試練しか与えられてないんじゃないかって、そう思う。みんな大きさは違っても同じ様に大変さを抱えてて、割合自体はそんなに変わらないんじゃないかなって、勝手にそう思った。勿論こんな発言、言論の自由を与えられた国に生きてるからこそ言えただけのことで、大変な、本当に大変な想いをしている人っていうのも沢山見てきたから「自分だけが可哀想」って思ってもいいし、「自分だけじゃない」って思ってもいいと思う。それが、痛みを乗り越える力になるのなら、どっちを支えにしてもいいと思う。ただ「なんで俺なんだよ」って思う瞬間に、「俺には耐える力があるからだ」ってそう思えるだけの強さを持っていけたらなって…あくまでもそんなドラマの感想。
ちなみに、現在は健康体な私wこんな感じで経験を綴っていこうと思った。