| 2003年 11月 27日(木) |
ペアチケット
慎吾のこの冬のマイブームはマラソンだそうだ。もともと怖いくらいの肺活量ので、息切れするなんてまずない慎吾は、ゲキや野次を飛ばしたりしながら陸上部に混じってグラウンドを走り回っている。人より前を行くことが大好きだから、一人抜かすたびに「ふははははは!」とか笑いながら走り抜けていって、陸上部の下級生たちに気味悪がられている。この間の美少女コンテストの印象が強いから、尚更だ。
どっちにしろ納得するまで走りやまない慎吾は放っておいて生徒会室に行くと、久しぶりにメンツが揃っていた。テストも近いと言うのに律儀な奴らだ。
祥太郎先生を子犬たちが囲んでいる。先生の手にしたそれは、この間田中君が持ってきてくれた旅行券と同じ袋だ。
「いいなあ、祥太郎先生。旅行券かあ〜。僕たち図書券1年分ですよ〜。」
「あ、僕、そっちの方がいいなあ。田中君が教員室まで持ってきてくれちゃって、僕辞退しようと思っているのに、他の先生方がいいから頂いておきなさいって仰るから、どうにも断れなかったんだよね〜。」
私はそっと覗き込んだ。咲良が目ざとく私の持っている旅行券に気付いた。
「あっ、天音先輩も旅行券ですか! いいなあ、どこですか!」
「北海道ですよ。温泉の2泊ツアー。」
「へえ、僕熱海だよ。やっぱ差をつけるんだねえ。」
祥太郎先生がのほほんと言う。直哉がじりじり近づいてきている。きっと同伴を申し出ようと狙っているのだな。
「でも本当、僕一応教師なのに、こんな学生のイベントの副賞もらっちゃっていいのかなあ。温泉ペアチケットなんて張り込んでるよねえ。」
「いいんじゃないですか。祥太郎先生用なんでしょう?」
「うーん、なんだか大人向けのコースだって言ってたけど…。」
祥太郎先生はがさがさとチケットを広げる。
「乗る電車から、観光コースまで決まってるんだ…。何これ、浮世絵博物館?」
(熱海秘宝館だ)(熱海秘宝館だ)(熱海秘宝館だ)(熱海秘宝館だ)(熱海秘宝館だ)
「なんでしょう、これが大人のコース?」
アメリカ帰りの咲良が知らないのはいいとして、祥太郎先生が熱海秘宝館を知らないのは、ちょっと可愛らしすぎる。
直哉が堪り兼ねたようにずいっと身を乗り出した。
「祥先生一人じゃ不安です! おおお俺にいっいっ一緒に行かせてください!」
焦るな、直哉…。
祥太郎先生は目をまあるく見開いて直哉の顔を眺めた。たっぷり10秒。
「なんか直哉君怖い…。緑ちゃんでも誘おうっと。」
祥太郎先生はごそごそとチケットをしまった。直哉玉砕…。
そうこうしているうちに、慎吾がジャージのままで入ってきた。外の寒さを証明するように頬が薔薇色に輝いている。生き生きした彼もとても素敵で、私はうっとりしてしまう。瑞樹なんかは汗臭くて嫌だと言うが、私は慎吾なら何でも愛しいのだ。さっそくチケットを彼に見せた。
「慎吾、この間の美少女コンテストの優勝の副賞に、北海道の温泉ツアーのペアチケットを頂いたんですが…。」
「北海道! ペア!」
慎吾が叫ぶ。嬉しそうな顔は、私が誘わないことなどありえないのをちゃんと知っている顔だ。私は胸をドキドキ言わせつつも落ち着いた振りで言葉を続けた。
「私ももちろん協力しますけど、今度の期末試験の結果で…。」
「北海道ゆーたらカニやな、カニ! もろこしに、トラピストクッキーに、札幌ラーメン! よおし、食うで〜!!」
…温泉だって言っとろーが!
私の色気より、食い気の方が勝るのか、この筋肉バカは!
私は冷静な振りを装って静かにチケットをしまった。慎吾はまだ後ろでジャガイモだの牛乳だのしゃけだの言っている。
これはテストでのノルマを上げないといかんな。
赤点なしでよしとしようと思ったが、全教科80点以上取得だ! 生徒会役員なんだから当然だ!
私の額の青筋を発見して、おろおろと私と慎吾の間をうろつく咲良と瑞樹がほんの少し可愛そうだったが。