2003年 11月 8日(土)

事件

「ちょちょちょ、ちょっと待って! どうして僕? ゴスロリってなに?」
意外にも一番過敏に反応したのは祥太郎先生だった。普段かなりポヤヤンな先生でも、自分の置かれた立場にはさすがに危機感を感じたのだろう。あたふたと雪紀に詰め寄る。雪紀は手回しよく用意していた写真集を見せた。フリルたっぷりの衣装に縦ロールのヘアスタイルの女の子の写真に祥太郎先生はさらにあわあわとなった。
「これ、着るの? 僕が?」
「そうです。」
長身組み4人がいっせいに頷くと、祥太郎先生は大きな目を見開いて、身体の両脇でこわばらせた腕にギュッとこぶしを握った。
「そっ、そんなフリフリのスカートっ…! せめてパンツにしてっ!」
…衣装を着ないという選択は、先生にはないのかな…?
「ダメです。」
雪紀の返事はにべもない。

「だっ、だって僕っ、いちおう教師なのに…っ! 学園祭って言えば他の先生方も、外部からの来客もあるのに…っ! せめてそのリボンとか、髪型とかは…。」
「ああそう、ヅラも注文しなくちゃいけませんね。」
「…………っ!」

ああ、祥太郎先生が墓穴を掘っている。私はため息をついた。抵抗を示すかと思っていた咲良と瑞樹はなんだかおとなしい。祥太郎先生の抵抗の空しさを見て、すっかり戦意を喪失してしまったらしい。

「だって…、だって僕…っ!」
「そんなにお嫌なら、もう一つ案があるんですけど…。」
雪紀が顎を上げて鼻の脇から見下ろすような視線で言う。祥太郎先生はその胡散臭さに気付かないらしい。縋り付くように雪紀にもう一つの案とやらを聞く。

「せっかく白鳳マーメイドと、その候補が二人もいることですから、マーメイドの衣装ってのはどうです?」
「え…?」
「演劇部に作らせましょう。スパンコールをちりばめたお魚の尻尾に、背びれと耳ひれ。もちろん貝殻のブラつきで。ゴスロリとどっちがいいです?」
そんな奇天烈な衣装は私だって嫌だぞ! だが、うっかり慎吾を見ると、よだれを垂らさんばかりにしている。こいつ…!
「やっ、やだっ、そんなの…っ。」
「じゃあゴスロリでいいですね。ミニスカートだけは免除してあげますから。」
「………………。」
祥太郎先生はついに何にもいえなくなってしまった。全身をギュッと硬直させて、うつむいたまま、ただ頭をプルプル振っている。きっとこれ以上声を上げると、涙が零れてしまいそうなのを必死に我慢しているのかも。

…………可愛い♪

それにしても直哉は一体何をしているんだ。祥太郎先生を守ってやるのはおまえの役目だろう。そう思って奴を探すと…部屋の端っこでうずくまっている。
…マーメイドの衣装がかなりキタらしい。
…不憫なやつ…。

「…しかたないですね。本当のことをお教えしましょう。」
雪紀がわざとらしくため息をついた。
「実は、生徒会の予算が少しばかり焦げ付いてしまいましてね、いや、瑞樹のせいじゃないんですよ。僕が持ち出した分です。それを挽回するために、このゴスロリ喫茶で少しでも資金回収しないといけないんです。こんな不祥事、学園側にバレるとまずいでしょう?」
「え………?」
祥太郎先生の顔がすうっと青くなった。

確かにそんなことが学園側にばれたら大問題だろう。祥太郎先生は、顧問の不祥事より、生徒の問題に心を痛めるはずだ。雪紀はそこまで見越してこんなことを言っている。
だが私はむっと腹が立った。確かに雪紀が生徒会の予算を私物化しているのはしょっちゅうだが、焦げ付かせたことなど一度もないし、たとえそれが事実だとして、雪紀のポケットマネーで購えないだけの金額であるわけがないのだ。雪紀はこの年で株式投資などで一財産築いているのだから。
要するに、自分の趣味を通したいだけのごり押し、悪く言えば脅迫だ。
それで可愛い祥太郎先生をあんなに青ざめさせて…!

「ね、協力してくださいますね♪」
「そ、そんなことが…。それじゃ…、仕方…ないのか…な…。」
今にも絶え入りそうな声に、瑞樹と咲良が思わずもらい泣きをしている。
「先生、大丈夫ですよ。先生華奢でちっちゃいから、きっと似合ってお客さんいっぱい入りますよ!」
「そうですよ、先生可愛いから、きっと会長の焦げ付きなんかすぐ…。」

…きみたち、それは慰めになってないよ。

しかし私は頭にきたのだ。そもそも、どうして私たち4人だけが着飾らなくてはならないんだ。長身組みにもそれなりに負担を負ってもらわねば。
まだ本番までは間がある。どうせなら私のプロデュースで彼らにも何か着てもらおう。
なにがいいかな。生徒会の気品を損ねることなく、そこそこ笑える衣装…。
闘牛士の…マタドールとかいったか? アレはどうだろう。ぎゅうぎゅうにきつくて苦しくて、お仕置きにはもってこいだな…。
問題は採寸か…。さて、どうしようか…。