| 2003年 12月 11日(木) |
作戦遂行
ひたすら慎吾の調教にかまけているうちに、だいぶ日付が開いてしまった。
生徒たち3人の心がけの悪さに、ほとほと手を焼かされてしまったのだ。
特に慎吾! まるでゲームを楽しむように私の目を盗もうとする。寮に帰った後、咲良と二人で作戦を練るらしく、それはもう見事な連携プレーで脱走しようとするのだ。無論、私の慧眼が、そんな事を簡単に許しはしないのだが。
雪紀とカノンは共同戦線を張ろうという私に対して、あまり乗り気ではなかった。一日のご褒美においしいおやつでも用意してやればいいと、実に日和見的な意見だ。
フェミニストを自称するカノンはともかく、多分にサドっ気のある雪紀が乗ってこないとは思わなかった。確かに咲良や瑞樹ならそれでいいだろう。だが慎吾は! そんな事じゃおとなしく言う事を聞くはずがないのだ。
特に今回、私はすでに北海道旅行という甘いアメを提示してある。
アメに対するには鞭でなくてはならない!
二人の協力が得られないなら仕方ない。私は少々卑怯な手段に訴える事にした。
慎吾と瑞樹が目配せを交わしている。脱走するタイミングを計っているに違いない。私は一つ咳払いをした。
「瑞樹、落ち着きがないようですけど、また脱走の算段ですか?」
瑞樹は首を竦める。そのカワイイ表情にほだされそうになるけど、今日の私は鬼と化しているのだ。
「これ、何だか分かります?」
私の手に現れたのは、瑞樹愛用のノートパソコン。これには生徒会の資料から瑞樹の個人的な趣味で作った帳簿など、様々なデータがインプットされているのだ。瑞樹があっと小さく声を上げた。
そう、私は人質を取る事にしたのだ。同じように咲良対策として、すでに咲良の部屋から、何とか言うJリーガーのサイン入りボールを入手してある。
「もちろん故意に傷つけたりするつもりはありませんが、何事にも事故というのは避け難い物でしょう? ちゃんと毎日ここに通って、しっかり見張っていないといけませんね。」
「「天音センパイ、そんなぁ〜!」」
うん、きれいなハーモニー。私はにっこり笑う。
「あなたたちがちゃんと勉強して、私たちの望む成績を取ってくれれば、これはすぐ返してあげますよ。」
子犬たちは揃ってべそをかく。少し胸が痛むけれども、これはひいては彼らのためなのだ。みずから憎まれ役を買って出るなんて、私はなんて心優しい先輩なのだろう。
「俺には関係ないな! 俺はおまえらと違うて、宝物なんかないし!」
なんでそんなに偉そうなんだ慎吾! もとはといえばおまえが元凶なんだぞ。
私は大きく息を吸った。確かに慎吾は物に執着しない奴だ。だが、弱点がないわけじゃない。
意気揚々と脱走しようとしている慎吾に、私は静かに声を掛けた。
「慎吾、これ、覚えていますか?」
特徴あるキャラクターの形の便箋。慎吾の顔色がザァッと変わった。
「あなたがここでしっかり見張っていないと、私はこれをみんなに見て欲しくて、学園のHPにそのままスキャンして乗っけちゃいそうです。」
「お、おまえ、まだそんなん持ってたんかい!」
「当然。あなたが初めてくれたラブレターですもの。」
小学生だった慎吾の字は、たどたどしくて、言葉も稚拙で、その代わり溢れるような真摯な思いに埋め尽くされている。誤字だらけのその文章と、スペースが余ったのか、何だか分からないキャラクターのイラストが笑っちゃうようなラブレターは、みんなに誇らしく見せびらかしたくもあり、私一人の胸にしまっておきたくもある、私の大事な宝物だ。だが、慎吾にとっては忘れたい記憶らしい。
唖然と突っ立つ3人を尻目に、私は悠々とそれらをロッカーにしまって鍵を掛けた。その鍵を、懐にしまい込む。
「さあ、今日もいっしょうけんめい勉強しましょうね。あと僅かしか時間がありませんよ。」
にっこり微笑んでみせると、なぜか雪紀とカノンが後退りした。