2003年 12月 14日(日)

奥の手

いよいよ明日からテストだ! 私たちは学校から程近い雪紀のマンションに集まった。私に人質を取られているせいか、困ったちゃん3人も泣く泣く集合する。
試験前だからと祥太郎先生に相手にされなくて、ふて腐れている直哉もどうにか教師役として呼び込み、最後の追い込みに入った。
もともと3人とも、決してお馬鹿ではないのだ。ただ、プライドより怠け心が勝って、関心のない教科に重点が行かないだけである。
だから、私たちがほんの少しキビシめに指導するだけで、すぐにそこそこの成果を見出せる。
なぜか3人とも涙目になったりしていたが。

とにかく勉強会は午後7時には一応の解散を見た。その頃には、苦手教科の少ない瑞樹も咲良も、まあ私たちの合格ラインまで実力を伸ばすことが出来たようだ。
雪紀の強固な主張により、近所のレストランに入ってゆったり食事をし、今日は各自早めに休むことにしている。テストの前の晩には、徹夜をするよりじっくり頭を休めた方がいいというのが雪紀の持論だ。私もそれには大いに賛成である。
が、慎吾に関してはそうもいかない。

私が懇切丁寧に指導した結果、何とか大方の教科はカバーできたが、どうしても最後までてこずっているのは歴史だった。
慎吾曰く「100年も200年も前の人間が何しようが、今の俺らに関係ないやん!」 ま、それはそうなのだが。
そんなことで開き直ったからとて、解答用紙の欄が埋まるわけもないのだ。
だがどうしても、慎吾はただ記憶するだけの教科が退屈で仕方ないらしい。私は奥の手に訴えることにした。

レストランを出てみんなと別れたあと、私は慎吾を自分の部屋に誘った。
私はどうしても、慎吾にそれなりの成績を取って欲しいのだ。
下心まんまんの慎吾は、あっさり私の後についてきた。
私が年号や歴史上の事柄を覚えるために作った単語帳を差し出すと、慎吾は明らかにがっかりした顔をした。

「なんやの。まだお勉強かいな。俺はてっきり…。」
言葉を濁す。私だって久しぶりに暖めあいたいけど、それもこれもすべてテストが終わるまでの辛抱だ。

「もう歴史一教科くらい落としたってええやん。他のは天音たちのおかげでだいぶええカンジになったし。俺、ただ覚えるの苦手やねん。」
「ただ覚えようとするから覚えられないんです。記憶は、他のこととセットにすると覚えやすいんですよ。」

私は試しに、有名な一揆の名前を挙げてみた。ここで覚えるべきはその年号と首謀者。だがどっちも慎吾は額に汗を浮かべるばかりで答えられない。
私は着ていたセーターの袖をまくった。少し手のひらを反らした白い手首には、芸術的な美しさで筋が浮いている。私はそこに、単語帳の1枚を貼り付けた。
慎吾の喉仏がゆっくりと上下する。

「私の腕ごと、この年号と首謀者を覚えてください。目を瞑ったら、私の肌の上のカードが浮かぶでしょう?」
「う、うん。」
私はもう少し袖をまくった。今度は肘の内側にカードを貼る。
「どうです? 覚えられそうですか?」
「うん。…てゆーか、忘れられん。なんか、倒錯的やわ。」
よしよし。私はもう一方の袖もまくる。慎吾の視線が痛いくらい絡み付いてくるのを感じながら。


「……これを覚えたら最後ですよ。」
「うん。…お、覚えたわ。」
歴史のテストは範囲が広い。私はいつのまにかしどけない格好になっている。大きく開いた両膝に慎吾が手をかけて、私の腿の付け根に貼ったカードを凝視している。いや、凝視しているのは、カードではないのかも。
「そう。…ご苦労様でした。」
私は慎吾の頬を引き寄せて、軽く唇を合わせた。汗ばんだ手が、私の首を抱きすくめるように回される。それに応えてあげたいところだけれども、私の鬼はまだ続行中である。
私は慎吾の手の甲をきゅっとつねり、彼を引き剥がした。呆然とする慎吾を尻目に、脱ぎ捨てた洋服を拾い上げる。

「続きはテストが終わってから…ね。」
「そ、そんな…殺生やわ…。」
「だってこれから布団にもつれこんで、今せっかく覚えたこと、明日まで覚えていられます?」
歴史のテストは都合のいいことに1日目の1時間目なのだ。

「明日まで忘れなければいいんですよ。簡単ですよね。
それとも私の肌の感覚まで、明日まで覚えていられないって言うんなら、話は別ですけど。」
「や! 覚えてます! 忘れようがありません!」

私がにっこり微笑むと、慎吾はぴんっと背中を伸ばした。
別に脅しつけたつもりもないのに、何を怯えているのだろう。

とにもかくにも、いよいよテストだ。
後は健闘を祈るばかり…。特に慎吾の。