| 2004年 1月 21日(水) |
気鬱
昼休み前、「抱かれたい男」選出委員と名乗る3年生が、私のところに鼻息荒くやってきた。
曰く、あんまり生徒会が差し出がましい口出しをするなと! これら裏レセプションを取り仕切るのは、到底候補に選ばれそうもない我々凡人のささやかな意趣返しだと!
そういえば、私も去年白鳳マーメイドに選ばれたことで、プール開きの冷たい塩素たっぷりの水に叩き込まれたのだった。
去年の抱かれたい男は何をさせられたか…。興味ないので覚えてないが、ろくなことでなかったのは確かだ。
…さては雪紀の奴、わずらわしいなどとほざいて、この危機を回避しようとしているのだな。
それにしても、あやつはなぜ私に言いに来るのだ…。最後には涙目になって帰っていったが。
非常に面倒くさかったが、雪紀に彼の抗議を伝えるべく、生徒会室へ行った。
今日もここは人口密度が高い…。生徒会の仕事より、お茶だのなんだのに費やす時間のほうがよほど多いからか。
雪紀にさっきの伝言を伝えようと近づくと、やにわに廊下が騒がしくなった。
直哉が祥太郎先生の腕をわしづかみにして引きずってきたのだ。
それだけで、子犬たちと、うちの下品大王はもういきいきと目を輝かせている。
「そんなに引っ張らないでったらっ! 僕約束があるんだって…いたたた。」
「おとなしくしてなさい! まったく祥先生は危なっかしいんだから!」
直哉は祥太郎先生を生徒会室に押し込むと、仁王立ちになった。
「昨日の今日で、よくそんなことが言えますね! 今日だって懲りない奴らが不埒なことをしに来たじゃありませんか!」
「不埒って…昨日はほんとに助かったけど、そんな大袈裟なことじゃないってば〜。」
おや、祥太郎先生、意外と立ち直りが早い。というより、学習能力がないのかな?
「祥太郎センセ、危ないところやったんやて?」
「…元はといえば、おまえらがろくでもない噂を流すから…。」
…どうしてそこは複数かな。私は無関係だ。しかし、慎吾は嬉々として応じる。
「俺のせいちゃうで! 大体直哉がちゃんと答えないんが悪いんや! 青少年の純粋な好奇心、馬鹿にしたらあかん。」
「そうですよ、ほんとの所はどうなの〜。」
「僕も聞きたい〜。」
最近子犬たちは欲求不満か? 妙に食いつきがいい。一人取り残されているのは祥太郎先生だ。
「え?え? なんのこと?」
「副会長は、先生と温泉に入ったことを教えてくれないんです!」
「ええ? 何でそんなことが知りたいのさ!」
仰天している先生には構わずに、慎吾と直哉の会話は進む。
「せや! 直哉見たんやろ、センセのビックマグナム! タオルで隠し切れなかったてもっぱらの噂やで!」
「馬鹿言え! あれはそんなんじゃない!」
直哉は胸を張って息を吸った。何か企んでいるのか?
「俺は一足先に露天風呂で待っていた。先生は静かに岩階段を下りてきた。白いつま先がほの暗い空間を切り取るように俺の目に飛び込んできた。晴れ渡った空は漆黒で、海にも空にも星が散りばめられていた。その中に浮かんで見える先生の普段ミルク色の肌がピンク色に上気している。水滴が細い首筋を伝い落ちて鎖骨のくぼみにたまっていた。腕にも細い肩にも真珠粒みたいな水滴が瞬いていて、俺は幻想の中にいるような錯覚を覚えた。先生の黒目率の高い、子犬みたいな目が、そのときばかりは濡れて睫の長さが目立っていた。触れると掻き消えそうに華奢で、俺は近づくことも出来なかった。あれは…あれは…。」
直哉の奴、その場面ばかり反芻して、妄想に拍車がかかってるな。
「あれは妖精だった。」
「あほな。」
「ちょっと〜、直哉くん〜。」
慎吾の呆れた声と、祥太郎先生の慌てた声が重なる。
「妖精だったんだ。だから性別なんかなかった。俺は何にも見てないぞ!」
「あほいいな! 祥太郎先生が妖精やったら、天音は…ムガッ!」
お下品大王が余計なことを口走らないうちに、私は慌てて慎吾の口を押さえた。
野放しにしておいては、何を言い出すか分からないからな。
しかし、祥太郎先生はそれでは納まらない。
「そーゆー、恥ずかしいこと言うのやめてくれる? それじゃまるで僕、オカマみたいじゃない!」
「………先生がおとなしく俺に守られていてくれなければ、これを言いふらします。」
なるほど、ここにもっていきたかったのか。ずいぶんな前振りだ。
しかし、甘い言葉の一言も囁きにくい直哉にとっては苦肉の策だったのだろう。
祥太郎先生は、来たときと同様、直哉に引きずられるようにして帰って行った。これはこれで丸く収まったということかな。
だが私にはなんだか今日は不満の残る1日だった。
いきなりいちゃもんをつけられ、仲のいい二人を見せ付けられて、相変わらず慎吾は下品だし。
何かいい気晴らしはないものか。