| 2004年 1月 27日(火) |
先生と子犬たち結託!
いつものように生徒会室に行くと、すでに全員揃っていた。
慎吾は今日も夕方歯医者の予約が入っているので、元気がない。
私も、今日はクリーニングをしてもらうので一緒に行くが、慎吾が私と一緒の外出でこんなに浮かない顔をしているのは珍しい。
こんな大男を引きずっていくこっちの身にもなってくれとぼやいていると、にわかに雪紀がはしゃぎだした。
「それなら、俺が一緒に行ってやろうか、慎吾。鼻水たらして泣き叫ぶんだってなあ。
記念に写メール撮ってやるよ。校内じゅうにばら撒こうな。」
そう言っては、喉の奥が覗けそうな大口でげらげら笑う。
慎吾は怒るどころかしょんぼりとうつむくばかり。そんなに歯医者が怖いのだろうか。
しっかりしろ、慎吾!
すると猛然と抗議を始めたのは祥太郎先生だった。
「ちょっと住園君! あんまりなんじゃないの! 誰だって苦手ってものはあるでしょう!」
「失敬な。この俺に苦手なぞない! 少なくとも、高々歯医者程度で泣き叫ぶような男に負けるものなどあるわけない。」
「なに言ってるの! いくら住園君がオールマイティーだって言っても、一つや二つ、絶対誰かに劣るものがあるんだから!」
「ふうん、この俺が誰かに劣る…だと?」
雪紀の高笑いが、いやな感じの笑いに変わった。怒ってるな、雪紀の奴。
「そうだよ! たとえば…そう、水泳だって、慎吾君の方が記録は上じゃないか。僕ちゃんと覚えているんだから!」
あたりまえだ。慎吾はスポーツ特待生なのだから…。だが、負けん気の強い雪紀はますます腹を立てたようだった。
「面白いことを仰る。それじゃあ試してみましょうか。
さすがに水泳には寒いですから、マラソンでどうです。」
驚いた。面倒くさがりの雪紀がそんなことを言い出すなんて。何か裏があるな。
だが、祥太郎先生は、生徒の腹を探るなんて真似の出来ない人だ。力いっぱい頷いている。
「ただし、そちらは日々スポーツにいそしんでいる特待生、ハンデをつけさせてもらいましょう。」
そらきた。
「祥太郎先生、あなたが慎吾のコースの半分を走るって言うのはどうです?」
雪紀は得意満面に腕を組んで祥太郎先生を見下ろしている。
そういえば、祥太郎先生は尻尾を巻いて逃げ出すと踏んでいたのだろう。
だけど、負けん気なら祥太郎先生も雪紀とどっこいだった。
「いいよ! 半分でいいんだね! 慎吾君の足引っ張っちゃうかもしれないけど、僕だって学生時代はそれなりにスポーツだってしたんだから!」
祥太郎先生は張り切って細い腕をぶんぶん振った。全然力強く見えないが。
「それじゃ、今日はうちに帰ったら、ランパン出さなきゃ! いつ走るの? 今週末? それまで少しはトレーニングしないと!」
「ラン…、マジで走るんですか、祥先生!」
直哉が食いついてきた。先生がランパンなんか履くとなったら、食いつかないわけがないか。
「俺も一緒に…。」
「直哉君も走るの? じゃあ、僕たちの敵だね!」
祥太郎先生は直哉に向かってビシ!と指をさす。
直哉はあわあわと焦っている。
警護のつもりが敵視されたら当然だろう。
「副会長が雪紀さんに着くんだったら、俺、祥太郎センセに着く!」
「俺も! 会長横暴! 慎吾センパイ、一緒に会長の鼻を明かしてやりましょうよ!」
子犬たちがキャンキャンと祥太郎先生に着いた。これで面白くなってきた。
はっきり言って、祥太郎先生ではいくら慎吾がいるといっても、雪紀と直哉の二人には到底かなうまい。
だが、子犬たちが着いて、さらに距離を伸ばせば…、あの二人にも勝機が出てくるな。
「分かりました。女子部も含めた学園を1週すると、大体10キロですね。
雪紀と直哉にはそこを1週ずつ、祥太郎先生たちは半周ずつするコースを作りましょう。
これで20キロ、イレギュラーな駅伝ですね。」
「おい、なんでおまえが仕切ってるんだ、天音!」
「だって、私の慎吾をそこまで馬鹿にされたのですもの…。」
私はあくまで偉そうな雪紀を振り返ってにっこり笑う。
「当然、すべてを見届けさせてもらう権利はあると思いますよ。
たとえば、あなたの懐刀がちゃんと懐に納まっていてくれるか、あなたの愛車がいつのまにか車庫から出たりしないか…。」
雪紀がぎくりと肩を強張らせている。
やっぱりそういうせこいことを考えていたか。
大体天才肌の雪紀に、マラソンなんて地道な作業は似合わない。
「すべてフェアに見張らせて頂きますとも。」
この寒空に、私の繊細な手足をさらすことなど考えられないが、精々雪紀がズルをしないようにがっちり見張っていよう。
まったく、こんな気候にマラソンだなんて酔狂な。
「俺の意見、なんも聞いてくれへんのな…。俺、歯医者怖あて、それどころじゃないねん…。」
慎吾がべそべそ言っている。
おまえのために、可愛い祥太郎先生や子犬たちが一肌縫いでくれるんだぞ! そんなことでどうする!
さて、さっきからドアに張り付いて盗み聞きをしていた「抱かれたい男」選抜委員も去ったことだし、校内に広めるのは彼らがやってくれるだろう。
もしかしたら、選抜の方にも、今回のマラソン大会は影響を与えるかもしれないな。実に楽しみだ。