2004年 10月 11日(月)

骨休め

夕べさっそく慎吾に電話をしてみた。

昼間散々泳いで疲れたらしい慎吾は、私との会話の間にもあくびを漏らすのでムカついてしまう。
「そんなに私とのお話には身が入りませんか?」
「や、そーんなことないねんけど、大学部の奴ら容赦無しやねん。もう俺、疲れて疲れて。」
「…そうですか、それはそれは。」
私の額の青筋くらい、想像できないのだろうか。
また大きくあくびを漏らした慎吾に、私は思わず口調をとげとげしくする。

「けど、明日は練習休みや。遊びにいこ〜。」
「…いいですよ。お疲れのところ邪魔しては申し訳ありません。ゆっくりおやすみなさい。一人で。」
「えーっ、それは冷たいんちゃう? なあなあ、久しぶりにデエトしにいこや〜。」
やっと私の不機嫌を悟ったらしい。声に泣きが混じってくる。

ちょっとおもしろくなってきた。
だけどいかにも怒ったままの口調で鼻を鳴らす。
慎吾が小さくうめいた。犬ならキャイーンと鳴いたところだろうか。

「いいですよ。私は明日も瑞樹のお見舞いにでも行くことにします。
あなたは一人でゆっくり惰眠を貪っていなさい。」
本当のところ、きっとカノンがびったり張りついているだろうから、私が入る余地などないに違いないが、わざとそう言う。
すると少し沈黙があって、それから慎吾の口調が代わった。
「お見舞いってなんやの? 瑞樹、どないしたんや。」

おや…。慎吾にしては真剣な声。
普段筋肉筋肉とバカにしてはいるが慎吾はあれで意外と繊細だ。
瑞樹の身に何かあったかと急に心配になったのだろう。

「なにか、捻挫をしたとか…。大丈夫ですよ、ちゃんとお医者様にはみせたようですし。
止まっている車にぶつかったと言っていましたから、程度的にもそんなに酷くはないでしょう。」
「止まってる車…、なんやの、それ。」
ぶつぶつ言った慎吾が、急に声を大きくした。

「そんな程度でお見舞いに行くんなら、天音、俺のとこにもお見舞いに来てぇな。」
「え? な、なにか怪我でもしたんですか?」
思わず声が上ずってしまう。

「んー、たいした事あらへんけど、昨日ちょっと流血してん。」
「流血…。」
思わずぎゅうっと携帯を握り締めてしまう。

「昨日な、自由時間に、プールサイドでな。」
「転倒したんですか!」
「いやいや、先輩が腕時計落としてん。」
腕時計…? それで何で流血?

「んでな、先輩ゆうてもそれはマネージャーの女子でな。水着なんか着てへんのや。
それで、生活防水しかしてないから、はよ拾ってこいて。それがまた、ご丁寧に飛びこみプールに落としてん。」
それは…。いくら急いで拾っても、もう手遅れではないのだろうか?

「しゃあないからな、俺が拾いにいってん。したらな、後から大学部の先輩が何人も、目の色変えて追っかけてくんのや。
綺麗な先輩やからな。どうも、どいつもこいつもええとこ見せたかったらしいねん。
だけど当然、俺にかなう奴なんていやせんのや。真っ先にたどり着いてな。拾ったった。
そうしたら、今度はその先輩らが、俺を上に上げてくれへんねん。」
…大学生にもなって…何を子供染みたことを…。

「こっちははよ時計返したらな、思うしな。足のつかないふっかいプール、何周もプールサイド沿いにぐるぐる回ってん。
マネージャーには興味ないねんけど、俺の手柄横取りされるの、ごっついややもん。」
わかる…。慎吾はそう言う大人気ない奴なのだ。
「終いにはな、その先輩たち、清掃用のモップ持ち出してきてな、時計渡せゆうて、俺が水面から顔出したところをぽこぽこ殴んねんで。まるでもぐらたたきや。酷いと思わへん?」
思わなくもないが…とっとと時計を渡してやればいいだけの話だ。
「そんでむかついて、反撃に出たらな思て、ガアッと飛び出したら、そこにちょうどモップが落ちてきて…鼻面にあたってもうてな。
プールで鼻血ブーや。みっともないったらあらへん。」
………それはこっちのセリフだ!

「結局時計は壊れてもうて、マネージャーには怒られるし、先輩たちはとっとと逃げ出すしで、俺一人バカみたいや。
なあ〜、慰めがてら、鼻血のお見舞いに来てくれへんの?」

急に甘えた声を出して…。
ほだされかかったが、ちょっと待て!

「慎吾…その鼻血はすぐ止まったんですか?」
「ん? やー、ふやけてたから、なかなか止まらんかったわ。さっきも鼻かんだら、ティッシュ真っ赤やったで。」

やっぱり!
そんなところにうかつにお見舞いに行って…、行ったら当然只ではすみやしないのに。
事が佳境に入ったところで、顔面に鼻血をぶちまけられるのは…絶対ヤダ!

「残念ですね、慎吾。急用が出来ました。明日はそっちには行けません。
うちに来てもダメですよ。明日は会えませんから。」
真っ赤なうそをつきながら、ぺろりと舌を出す。途端に慎吾が泣きそうな声を出す。

「えー、俺より大事な用事ってなに〜?」

そんなの決まってます。
私の花のかんばせです。

私はにっこり笑いながら猫なで声を出した。なおも泣き言を続ける慎吾をきっぱりと払いのける。
こうして私の3連休は、久しぶりの骨休めが決まった。