2004年 10月 16日(土)

いざ、出陣!?

 目の前の扉を凝視する。
 うまく言い表せないが、何か踏み込んでは行けない領域に・・・私は行こうとしているのではないだろうか。
 入り口からして確かにおどろおどろしい感じを受けるが、中はきっと。
 おそらく異次元だ。

 だが私以外の人間は、何故か皆・・・楽しそうだ。
 あの瑞樹でさえカノンとしっかりと手を繋いで、期待に目を輝かせている。

 狂っている。 
 そうだ、私以外は全員どこか神経が麻痺しているのだ!そうでなければ、こんなアトラクションに入りたいなんて思うはずが無い!
 
 するすると扉の中に吸い込まれるようにして入っていく雪紀たちを、私は恨めしそうな目で見ていた。

 「なんや、天音。そないに怖い顔せんと」
 私と共に出遅れた慎吾が、顔を覗き込んできた。
 「だって、入りたくないのだから仕方がないでしょう!」
 あまりにも常と変わらない慎吾に、私は思わず八つ当たりをしてしまう。
 「ほんなに怖いんやったら、ほら」
 すっ、と慎吾の手が差し出された。
 「最後まで俺が、天音の手ぇ繋いでいてたるし?な?」
 「慎吾・・・・・」
 その行動はとても自然で、私の手は逆らうことなく慎吾のそれに重なった。
 大きくて、暖かい手だ。少しごつごつとしたその感触は、とても私を安心させてくれる。



 「怖いんやったら目ぇ瞑っとってええで?」
 暗い建物の中で、しっかりと私の手を握った慎吾がそう言った。
 正直言って、本当に怖いのだ。
 病院を模した、と言うだけあって内部はかなり入り組んでいる。
 古い病院は・・・建て増しに建て増しを重ねているから、こんな風にいつの間にか内部が入り組んでしまうのだろう。
 そうだ、まさにここは廃院と言う言葉が相応しい。
 

 あちらこちらから、闇をつんざくような悲鳴が聞こえてくる。
 他の入場者は一体どんな目に合っているのだろう。
 実は私は建物内部に入ってから、ずっと下を向いて歩いているので・・・何があるのか良く分かっていないのだ。
 意識して5感の全てを塞いでいるので・・・他の人間が何に驚いているのか分かっていない。
 
 どれ程歩いただろうか。
 時折、朧に光る案内板の光が足元に微かな光陰を描く。
 何箇所もの角を曲がり、慎吾に手を引かれるままに歩いて。

 ふっと、慎吾が足を止めた。
 急に今まで感じたことの無い恐怖心が沸き起こり、私はぎゅっと目を瞑った。
 「堪忍、天音。ちょっと手ぇ、離さしてや」
 「慎吾!」
 私の手から、慎吾の手が離れていく。そこから冷んやりとした冷気が私の中に染み込んでくるような錯覚さえ覚える。
 「ほな、手ぇ貸しぃ」
 再び慎吾に手を取られる。
 変わらない温もりに、私の口からほっと安堵の息が零れる。

 しかし。 
 手を握ったまま慎吾はそこから動こうとはしない。
 「・・・・・慎吾?」
 不安に駆られて、慎吾の名前を呼ぶ。どうしよう、怖すぎて目が開けられない。
 「大丈夫や、天音。そんなん目ぇ瞑っとらんと、俺の顔でも見たってぇな」
 するり、と頬を撫でられて目を開けるように促される。
 「慎吾・・・・・」
 言われるままに、そろりと目を開けて見る。今まで瞑っていたせいか、視点が定まらず・・・目に写るもの全てがぼんやりしている。
 「天音」
 名前を呼ばれて、目線を上げた。
 


 「―――――――――――――!!!!!!!」
 声が、出なかった。
 目の前に立っていたのは慎吾ではなかった。血まみれの白衣を着た男が、嬉しそうな顔で私の手を握っている。
 その男の隣には、笑を堪えている慎吾の姿。
 次の瞬間、あたりに「ぱしっ」という甲高い音が響いた。
 


 「この馬鹿慎吾!貴方なんて、金輪際顔も見たくありません!」
 怒りで我を忘れた私に最早、恐怖心などどこにもなかった。
 取りすがる慎吾を振り払い、あちらこちらから湧いて出てくるお化けに冷たい一瞥をくれて足早に出口を目指す。

 出口が見えてきた。
 その出口の直前にも、白衣姿の看護仕が立っていた。頭にはキャップを被り、顔は俯いている。
 近づいたら襲ってくるのでは、と思ったが・・・そのお化けは何も行動しなかった。
 ただ、通り過ぎざま・・・私とその看護士の視線が絡まる。
 血の気のない、白い顔。唇の端からは、一筋の赤い血。
 何故かその体は濡れている。

 そして、私が視線を外そうとしたその時。
 確かに・・・・・笑ったのだ。とても、嬉しそうに。



 「なんだ、天音。随分早かったじゃないか」
 出口を出た所に雪紀たちがいた。どうやら私と慎吾が一番遅かったらしい。
 咲良や瑞樹は楽しそうに話をしている。
 
 「あ、天音さんだ!」
 私を見つけた咲良が嬉しそうな顔をして近寄ってくる。
 「ねぇねぇ、天音さん!お化け何人いました?」
 数えていたのか。
 「おっ、咲良!確か・・・・・・」
 私が聞かれていると言うのに、慎吾がしゃしゃり出て来た。
 
 そこに瑞樹や正太郎先生も加わり、何人いた、とか何とか大騒ぎをしている。

 「・・・・・私は数えてはいなかったので、分かりませんが。でも、出口の所にいた看護士のお化けは・・・怖かったですね」
 凝りもせず私に人数をきいてくるので、仕方なくそう答えてやる。

 途端に、全員が固まった。
 どうしたんだ?私は何か、変な事を言ったのだろうか?
 向けられる全員の視線が痛いぞ。

 「そんな所に、お化けなんて・・・いなかったよね?」
 咲良が呟いた。
 それに全員が一斉に頷く。

 え?
 では、あそこにいた看護士は?

 「それって・・・・・国見君、本物見ちゃった・・・・・とか?」
 場に似合わない明るい声で、祥太郎先生がそう言った。
 「なっ、何て事を言うんですかっ!きっと、皆が出てからあそこにも配置されたに決まってるじゃないですか!」
 「そうかな〜」
 「そうに決まっています!」

 私は慌てて否定したが・・・・・私を見て笑った、あの顔を忘れる事など出来なかった。