| 2004年 10月 23日(土) |
お花教室
今日も朝から晴れ渡っていて、心地よい風が吹いている。
いつもなら、この清清しい空気に誘われて、散策にでも行きたいところだが、今日明日の私はそんなわけにも行かない。
私のドナドナの日々はまだ続いているのだ。
昨日は放課後の3時間、みっちりモデルを勤めさせられた。
教室のドアを開けると、期待に瞳を輝かせた美術部員が約40名…丸々一クラス分ほどの人数が、すでに円陣を描くようにして待っていた。
無論クロッキーノートとB4の鉛筆を構えてである。
彼らの真中には粗末な丸い椅子…。当然私の正面にあたるほうがぎゅうぎゅう詰に混んでいる。
すると、ちゃっかり様子を見に来た慎吾が張りきった。
「なんやの! 後姿しかみられん奴は可哀想やないの!
ようし、そんなら俺がいっちょ、一肌脱いだるわ!」
そうして本当に一肌…上半身裸になった慎吾は思いきり筋肉を膨らませるポーズをして、私の背後に立った。
「どや! 天音〜どや、この肉体美〜!」
「好きにしなさい。私は後ろは見えません。」
当たり前じゃないか。わざわざ私の背後に回って見えるとでも思っているのだろうか。
しかも、必要以上に力の入ったそのポーズは結構きついらしく、20分もするとだらしなく悲鳴を上げ始めた。
「疲れた〜! もう俺の可愛いキンニ君がよしぃゆうとる〜。
なあ、天音、もう止めてええ?」
「…………美術部の皆さんに聞きなさい。」
「「「「「ダメで──────す。」」」」」
「うわーん、これ苛めちゃうの〜〜〜?」
自分からわざわざ飛びこんできて何を言うか。
私は知らん振りを決めこむことにした。
貧乏籤は私一人が引くには業腹過ぎる。
しかし筋肉は感心にも、短い休憩を挟んだ3時間、頑張りつづけたのだった。
そうしてやっと終わったと思ったら、後日もう一度モデルをやれという。二日間という約束なのだそうだ。
その上、土日は演劇部に私はレンタルされてしまうのだ。
演劇部のリクエストは、お茶とお花の教授だそうだ。
どうして土日なのかと思ったら、…要するに家の日本式家屋とか、お着物姿のゆかしいおばあさまのお作法を見たいとか、そんな理由らしい。
と言うことで、今日は演劇部から10人ほどの生徒が、家にくるはずなのだ。
いきなりそんなことを言われても、おばあさまにだってご都合があるし…と、私は一縷の望みをかけながら、昨日のうちにおばあさまにお伺いを立てた。
「おばあさま、あの、ウチの演劇部の部員が数名、今後の参考にお花を習いたいともうしまして…。明日来たいと言うのですが、明日のご都合は…急にはダメですよね…?」
「あら、そんなことありませんわよ。まあ、都合のよいこと。今月はね、第五土曜日まであるでしょう? それで、明日のお稽古はお休みだったのよ。
あらよかった。お座敷は開いているし。お花はいつものお店に頼めば急でも少しくらいは引き受けてくださるわ♪」
なんて…間の悪い…。
「それにしても感心ですこと。日本の古式ゆかしい行事を知っておくことは良い事ですよ。それでは私がじきじきに伝授しなくてはね。」
「いえ、それには及びません。」
どうせ彼らは好奇心さえ満たせればいいのであって、おばあさまのお手を煩わせるほどの熱心さはもち合わせてないに決まっている。
私はしぶしぶお花の注文をした。
急な注文で、お花やさんに迷惑をおかけしてしまったが、ドウダンツツジとダリアと小菊が運ばれてきた。
それらを準備して待っていると、演劇部の部員が5名と、咲良と瑞樹、それに慎吾がやってきた。
お花は8組。慎吾の分はない。そう言おうとすると、いきなりブーイングの嵐だ。
「天音さま〜! 和服をお召しじゃないんですか〜!」
「和服など…普通のお稽古ではわざわざ着ませんよ。」
「えー! 和服姿の天音さまが見たい〜! それも目的の一つなのに〜!」
だからって、玄関先で和服のシュプレヒコールは止めなさい!
私は根負けして、普段着用の紬を引っ張り出した。
私が着替えをしている間に、おばあさまがわくわくと覗きに行ってしまわれた。
とにかくおばあさまは、若人が大好きなのだ。
私はため息をつきつつ、支度を終えた。
しかし、意外にも、演劇部の連中は熱心な生徒だった。
最初から遊びまくる慎吾以外は、みんななれない正座に苦労しつつ、私の指図する通りにお花を活けていく。
初心者とあってとんでもない物も出来たが、なんとか私が手を入れて、それなりの形にしてあげた。
昨日の美術部はただぼーっと私の顔を見るばかりでスケッチなんかちっともしない生徒も沢山いたのに、だいぶ違うと思っていると、咲良が解説をいれてくれた。
「演劇部は来年の演劇祭で、大正時代の没落貴族を描いた演劇をやるそうなんです。それで、実際にお花が必要だったみたいですよ。」
なるほど…それはいい心がけだ。
しかし、こんな男ばかりの演劇部で、大正浪漫をやるのか…。
なんだかいかがわしいな…。
「それでは今日はここまで。皆さん初めてにしては大変よく出来ました。」
私がにっこりそう言うと、拍手が湧いた。
途中から姿を消したおばあさまが廊下の隅でうずうずしながら待っているのが伺える。
きっと昨日からいつもの大鍋にお得意のお汁粉でも炊いていて下さったに違いない。
「それで、明日なんですけど…。」
咲良が声を掛けてくる。あの独特の上目遣い…なにか私に無理なお願いをするときの…目つきじゃないか?
「お茶の方は…野点と言うことで…、演劇部の連中がセッティングするそうなんです。」
…はいはい、そんなことじゃないかと思いましたよ。
野点と言えば聞こえはいいけど、要するにどんちゃん騒ぎを含むピクニックでしょう?
「今日のお花は5人しか来られなかったし…いいでしょう、天音さん? 明日みんなで迎えに来ます。」
みんな…か。一体誰がくるのやら。
私はため息をつきながら、おいしいお汁粉を頂いた。