2004年 10月 26日(火)

遭遇

一人で歩いて山を折り始めた私は暫くして足を止めた。
後ろを振り返って見たが、誰かが追いかけてくる気配が全くないのだ。

今までだったら絶対に、慎吾は勿論の事。
咲良や瑞樹、白雪だって追いかけて来てくれた筈なのに。
別にそんな事を期待して、一人で山を降りることにした訳ではなかったが・・・こうまで見事に無視をされると。
何と言っていいのか。

寂しい、んだろうな。これは。

それだけではない。
先ほどまでは確かに、人の気配で溢れていた筈なのに。
気が付けば、私以外の人間がいる様子が全く感じられないのだ。
空を見ればまだ太陽はそこにある。
樹木は陽光を浴びて、その葉の隙間からは木漏れ日が差し込んでいる。
何一つ、変わった事などないのに・・・明らかに、おかしい。


がさり、と低い樹の葉が擦りあう音がする。

「・・・誰か、いるんですか?」

振り向きざまそう言ったが、反応はない。
獣の類かとも思ったが、ここは普段から人が多く立ち入る山だ。
元来、野生の獣は用心深いので、そう簡単には人の前に姿は現さないだろう。

何か、おかしい。
言葉で上手く言い表す事は難しいが、こういう感じを「異質」と表現するのだろうか。
ぞくりとした何かが、私の背筋を駆け上った。
そして冷たい汗が湧き出て来る。



「だ・・・れ・・・」

私に向けられている視線に気が付いて、誰?と聞こうとしても声が出ない。
やけに喉が渇いていて、声帯が張り付いてしまったかの様に声が上手く出ないのだ。
私はどうしたらいいのか分からず、その場に立ち尽くす。



「迷ったか」

何処からか、声がした。
周囲を見回すが、誰も居ない。
でも確かに私は人の声を聞いたのだ。

「・・・我は、ここだ」

また声がする。
どうやら私の頭上から聞こえている様だ。
はっとして上を見ると、私の近くに生えている大きな樹の枝に何かがいるではないか。

「迷ったのか?」

再び聞かれ、私は頷いた。

ばさり、と羽音を響かせてその「何か」が私の前に降り立った。
山伏装束を来て、素足に下駄。
背中には黒い大きな、烏のような羽が生えている。

これは・・・天狗?
昔話の中でしか見たことのない天狗が、その本の中と全く同じ出で立ちで私の前に立っているのだ。
高尾山は確かに。
天狗伝説が今でも残る山なのは確かだが、まさか本当に、いる筈はない。

私は夢でも見ているのだろうか?