2004年 10月 30日(土)

白雪の告白

真っ青な白雪を長く歩かせることがためらわれて、私は彼を手近の来賓室に連れていった。
ここは本来教師用の部屋だが、なに、かまうものか。
部屋の戸を閉めると、それまで気丈に歩いていた白雪は、くず折れるように座りこんだ。
がちがちに固まっていた拳をようやく解いて、自分の顔を覆ってしまう。

「大丈夫ですか、白雪。」
「ええ、あの…、ごめんなさい、ちょっと気持ち悪い…。」
貧血でも起こしているのだろうか。珍しく白雪が弱音を吐いた。
私は咲良と瑞樹に目配せをした。二人とも小さく頷くと、察した様子で部屋を出ていってくれる。
脅えきった小さな獣みたいな白雪を一人にすることはためらわれて、私はそっと立っていた。

しばらく深い呼吸を繰り返していた白雪は、やがて自分の膝に両手を置いた。
ぼんやりと、目の前の空間を眺めやり、やがて顔を上げる。
私は静かに近づいた。

「ごめんなさい、とんだご迷惑を…おかけしました。」
「いいえ。ちょっと驚きましたけど、あなたがあんなに取り乱すなんて珍しい。何かありましたか?」
「ええ、あの、ほんとに…バカみたいなことで…。」
白雪は言いかけて、また唇を噛んでしまう。

「隼人は…きっと心配してくれているんだと思うんです。」
「やっぱり隼人が原因ですか。」
「いえ、隼人が悪いんじゃありません。俺が、…短慮だったのかも。でも…!」
白雪は苦しそうに眉を寄せた。私は白雪の滑らかな髪を撫でた。
「聞かせてくれませんか? 可愛いあなたがそんなに辛そうな顔をしているのは、私にも耐えられません。」
肩を抱くようにして言うと、白雪はぽつりぽつりと語り始めた。

学園祭実行委員を兼ねる生徒会役員。半月後に迫った学園祭にむけて、連日奔走している。
特に、1年生ながら役員の白雪には、雑用が降る様にあるのだそうだ。
同じ1年生役員でも隼人にはとっつきにくい印象がある。それで余計に白雪の仕事が増えてしまうのだろう。
それが隼人は気に入らないらしい。

「今日も…、会場の設置のことでって、先輩に呼び出されて、講堂の方まで行ったんです。
そうしたら、なんだか人気のないほうに誘導されそうになって…。」
白雪は細い腕を掴んでぶるりと体を震わせた。

「俺…、中学の時の思い出があるから、そういうのには嗅覚鋭いほうだと思うんです。だからもちろん、やばいって思いました。
会場のことを聞きたいだけなのに、先輩たち複数で…、変な雰囲気だったし。
だから、適当にお茶を濁して逃げてきました。もちろんなんにもされてません。
でも隼人は、俺のこと…いきなり怒鳴りつけるんです。」
ついにたまりかねたかのように、白雪の大きな目から涙がほろほろと落ちた。

「わかってます。俺が迂闊なんです。最初から変な感じだったのに、忙しくて気が回らなかったのがいけないんです。
でも…でも、怖い思いをしてきたのは俺なのに、あんな風に頭ごなしに怒鳴りつけられて…。
隼人が何度も忠告してくれたのは十分わかってます。俺が油断してたのもわかってます。
でも、あんな風に隼人に切り捨てられるみたいに怒鳴りつけられたら、俺はどうしていいかわからない…!」

白雪の白い握りこぶしが膝の上で小さく震える。
この、か弱げだけれども芯の強い白雪が受けてきたという過去の苛めがどんなに過酷な物か、全容を知らされたわけではないが、
彼の今の脅えようが、全てを物語っている。
真っ先に心を開いた隼人を失うことが、こんなにもこの健やかな精神を萎縮させるのだ。

「大丈夫ですよ、白雪。隼人はあなたのことを切り捨てたりなんてしません。」
私は精一杯優しい声を出した。
白雪の拳がしきりに頬をぬぐうので、そっとそれを止めさせる。
この、深雪みたいな肌に傷でもついてしまったら、隼人の唇の裂傷どころではない損失だ。

「隼人はきっと、あなたのことが心配でたまらないんです。あの子は子供ですからね。
あなたに何かあったと思っただけで、自分の感情を抑えられなくなっただけです。
きっと今ごろ死ぬほど後悔してますよ。いえ…。」

私はいたずらっぽく言葉を切った。

「今ごろ死ぬような目に会わされてるかも。直哉はスパルタだし、雪紀は変態だから…。」
「え…っ!」

ずっと俯きっぱなしだった白雪の顔がやっと上がった。
涙にぬれた頬が光って…ことのほかかわいい♪

「そ、そんな、悪いのは俺だから…、隼人を叱らないで下さい!」
「さあ、そんなことは、直接あの二人に言わないと。
まあ、慎吾がいますから、そんな無体なことはされていないと思いますが…。」

私の言葉を最後まで聞かないで、白雪は立ちあがった。
隼人の名前を一声叫ぶと、慌てて走っていく。
やれやれ、なんてわかりやすいんだろう。
私はちょっと苦笑しながら跡を追った。

だけど、たどり着いた生徒会室に、すでに隼人の姿はなかった。