2004年 11月 14日(日)

記念写真

今朝は隣に寝ていた慎吾がわめく声で目が覚めた。
「なー天音〜、そろそろ起きぃな〜。朝ご飯〜。」
うるさい。私を夕べこんなに疲れさせた張本人が何を言うか。

黙って寝た振りをしていると、ますます慎吾の声は大きくなっていく。
「朝ご飯〜。おばあさまの作った豆腐とネギのおみおつけ〜。
それとあじの干物に、出し巻き卵〜!!!
あ、厚揚げの焼いたのに大根おろしと醤油をじゅっ!てのもえーな〜!」

余りのうるささに、私はついに音を上げた。
こいつ、私との夜でなく、おばあさまのお料理が目的で私と付き合っているのではあるまいな。
しぶしぶ時計を覗くと、もう10時を回っている。
時間も時間だ。仕方なく私は起き出して身支度を整えた。


食事が待ちきれなくて小躍りしながら歩く慎吾を引き連れて座敷の方に向かうと、おばあさまの高い笑い声が漏れ聞こえてきた。
珍しいこともある物だ。おばあさまは朗らかな方だが、めったにあんな大きな声を上げては笑われない。
ご飯とお汁をつけてくれたのも古いお弟子さんだったので、少し気になって聞いてみた。

「おばあさまはどうなさったのですか?」
「あら、天音さまはご存知ないんですか?
お隣の野乃香さまがお見えになっていて、大奥様はそちらにいらっしゃいますよ。」
「ふーん、えらい楽しそうやな。」
「ええ、なんでもまたコレクションが増えるとおっしゃって…。」

一端は聞き流した私だが、ふと我に帰る。
おばあさまのコレクション…。
そう言えば学園祭も終わったばかり…と言うことは…。

「慎吾! まだ食べているんですか!
ほら! とっとと終わらせなさい! 行きますよ!」

私は5杯目のお代わりを差し出しかけている慎吾の襟首を掴むと席を立った。

居間には、冷え性のおばあさまと母を慮って掘りごたつが設えてある。
そっちに慎吾を引きずりながら進むと、おばあさまの声に混じって野乃香の楽しげな声も聞こえる。
積年の謎がようやく解けた気がした。
おばあさまの膨大なコレクション…。学園での私の行動を逐一写したあの写真は、やはり野乃香の手による物だったのか!
一体どんな写真を…と不安になりながら、それでも礼儀正しく声をかけてふすまをあけると、二人の華やいだ声がぴたりと止まった。

「あら、おはよう、天音さん、慎吾さん。
あなたたちもご覧になる? 野乃香ちゃんに頂いたのよ。」
すっかり悪びれない様子のおばあさまに脱力感が襲ってくる。
おばあさまの前に所狭しと広げられているのは、案の定学園祭の出し物のお化けの姿をした生徒会の面々の写真だ。

それにしても、シャッターチャンスと言うのだろうか、これは…。
一つとして、被写体がちゃんとレンズを見つめている写真がない。

「もう、おばあさまったら〜。天音ちゃんが怖い顔してるよ〜。」
「ほほほ。こんな楽しいことに私を呼んでくださらないからいけないのですよ。
本当に、毎年野乃香ちゃんが気を利かせて下さらなかったら、私は可愛い孫がどんな活躍をしているかも把握できないじゃありませんか。」

把握しなくていいです!
こんな…、雪紀はメイクに余念がなくて鼻の下を伸ばしきった妙な顔だし、咲良に至っては、カメラアングルが悪いのだろうか。見事なパンチラ写真になっている。
慎吾は熱心に臍の中を灰色に塗っているところで、私も足袋のこはぜを留めているあられもない格好だ。
隼人は上半身裸でぬいぐるみに足を突っ込んで髪をタオルでまとめているところで…。
途中まで見て、私ははっとした。
これは控え室の写真だ!
いくら野乃香でも、ここまでは踏みこめないはず! すると…!

私の脇から写真を覗き込んでいた慎吾が、おう、と間抜けな声を出した。
「これって、祥太郎先生が撮ってた写真やな。」
「えっ!」
言われてみれば…祥太郎先生がちっとも写っていない。そして直哉といえば…わりと見られる写真ばかりだ。

「そうなの〜。祥太郎先生にお願いしたら快く撮ってくださって〜。
祥太郎先生って、案外頼り甲斐ある〜。」
なんてこと!
先生…あなたはこんな、生徒を売るような真似を…!

「それにしても天音さん、こんなお行儀の悪いことじゃいけませんよ。」
そういいながらおばあさまが差し出す写真を見て、私はますます力が抜けた。
フラッシュもたかないのに、この素晴らしい写り具合はどういうことだろう。
白装束の私が、小うるさい親衛隊に蹴りをかましているところで、奴らはさも嬉しそうに順番待ちをしている。
少し短めだった白装束が見事に割れて、私の白い太股が奥まで覗けそうなアングルで、
それを待っている親衛隊どもは、顔からハートでも飛ばしそうな勢いだ。

「おばあさま…こんな写真は破棄してください…。」
「いいえ、これはしばらくお教室にでも飾っておきましょうね。
天音先生の意外な一面を生徒の皆さんに見ていただきましょう。」
それはあんまりです、おばあさま…。

祥太郎先生の無邪気さが憎い…。
改めて直哉も大変だと思い知った。