2004年 11月 21日(日)

逆転?

1日校内をうろつきまわって疲れた。何しろ我が校は広大だ。
そんなにして歩き回っても、祥太郎先生の尻尾をつかむことができなかった。
悄然として生徒会室に向かう。1日の終わりにはそこに向かうのがもう身に染み付いた習慣みたいになっている。
途中で慎吾と合流した。

「どうしたのや、天音。なんか元気ないなあ。」
「今日はもうくたびれました。祥太郎先生を探し回って、1日中歩き回ってしまいましたから。」
「祥太郎先生? 俺、結構見かけたで。なんか楽しそうにちょろちょろしとったな。」
それは楽しかったでしょうよ。私の歩く裏をかいて逃げ回るのは。
なんだか無償に腹が立ってきた。

そう思いながら生徒会室に到着する。
中からは、子犬たちのにぎやかな笑い声がしている。
私のささくれ立った神経が、癒されるようだ。あの二人の無邪気な笑い声は…ん?
あの笑い声は…祥太郎先生も混じってる?

こんなに私から逃げ回っている祥太郎先生がよもや生徒会室にきているとは思わなかったのに!
私はそっと扉を開けた。
やっぱりいる! 子犬たちに混じって、大きな口をあけて笑っている!

「慎吾! そこに立っていて下さい! 祥太郎先生を逃がさないように!」
「な、なんやの、俺は立ちんぼうかいな!」
慎吾がぶつぶつ文句を言うけれども、扉に押しつけるようにして立たせると、私はそっとそちらに向かった。

私が近づいて声を掛ける前から、私のほうに向いていた子犬たちがビクゥと竦みあがって硬直した。
ふふふ。きっと今私は般若の形相をしているのだ。私の怒った顔がどんなに恐ろしいか、それは私もよーく知っている。
写真のことなどは本当は些細なことなのだ。それほど腹が立っていたわけでもなかった。
しかし、今日の丸1日に及ぶ追いかけっこが、私の堪忍袋の緒を切ってしまったのだ。

「あれぇ、国見君、怖い顔だねえ〜。」
それなのに、固まった二人に気づいて振り向いた先生は、そんなのんきなことを言う。
「ふっふっふっ、先生、やっと捕まえました。今なら邪魔も入りません。さらに出口もでくの坊に押さえてもらってあります。」
「うーん、ダメだよ、大事なお友達をでくの坊なんて言っちゃ〜。」
余裕をこくのも今のうちです。
泣かして差し上げましょう。ふふふ。

「さっきはうまいこと逃げられてしまいましたが、し切り直しをいたしましょう。
この間の写真…、あれは少々おふざけが過ぎているのではありませんか?」
「そう〜? おばあさまとてもお喜びだったって、野乃香ちゃんに誉めてもらったけど〜。」
さっきはゴメンナサイするとか言っていたくせに!
やっぱりあれは私の前から逃げ出すための詭弁だったのだな! おのれ!

「天音さん…、祥太郎先生がなにか…?」
「あの…写真って、どういう…?」
子犬たちが恐る恐る口を挟んでくる。
「うん、文化祭の時の写真を撮って、国見君のおばあさまに差し上げたんだよ。見る?」
「見ないでよろしい!」
まったく…。あんな写真をこれ以上人目に晒したくはない。

私が大きな声を上げたので、飛びあがった子犬たちは一目散に逃げて行ってしまった。
そうして少し離れたところからじっと様子を伺っている。
私は祥太郎先生を手招きして、応接セットに腰を落ちつけた。
とことん話し合おうじゃありませんか。

「先生。重ねて申し上げますが、あの写真はまったく不躾です。プライバシーの侵害です。
もうおばあさまの目に触れてしまった物は仕方ないとしても、今後二度とこのような事がないと約束していただけますか!」
何しろ行事の多い我が校だ。卒業まで、まだまだ気は抜けない。
「えー、だって楽しい写真がご所望だって言うから、僕頑張ったのに〜。」
「あれは楽しすぎるでしょう!」
おばあさまだって楽屋裏までが覗けるとは思っていもいなかったのに違いない。
………まあ確かに、喜んでいられたことには間違いがないが。

「とくにあの、お化け屋敷の中でその、私が私の親衛隊に蹴りをかましている写真…、あれはいけません!」
「ん〜? どうして〜?」
「私が普段からあんな、暴力行為を働いているみたいじゃありませんか!」
「………普段通りでしょ?」
く──────っ! まったくああ言えばこう言う!

「そっかーあれはダメだったんだ〜。僕、おばあさまが普段の国見君の姿を見たいっておっしゃってるって聞いたから張り切ったのにな〜。
それじゃ、これもこれもこれもだめなんだ〜。」
そう言って祥太郎先生がおもむろに持ち出して広げたのは…今日1日の私の写真?
校内を掛けまわっている姿やら、直哉に詰め寄っている写真やら、果ては慎吾に当り散らして耳を引っ張っている写真やら!

あんなに姿が見えなかったのに…一体いつの間に!

「おばあさまとっても喜んでいらしたって聞いたから、さらに追加で撮ってみたんだけど、いらないか〜。
だけどデジカメって便利だよね〜。とってすぐプリントできるんだもんね〜。
直哉君に国見君をお願いした後、すーぐプリントできちゃった♪」
あの、直哉を囮にしたあと…!
すぐに察してこれだけのプリントをしたというのか…!

「こっ、これらも…没収です! 断じておばあさまのお目に触れさせるわけには行きません!」
私は大慌てで写真をかき集めた。おばあさまはおろか、誰にも見せたくない。
だっていつの間に撮ったのか、体育の授業の幅跳びで、頭から砂に突っ込んでいる写真やら、生着替え佳境の半裸写真まであるのだ!
先生あなたは…忍者ですか?

かき集めて無理やりポケットに押しこんだ写真がくちゃくちゃになって、派手な音を立てた。

思わず肩で息をする私を見つめて、祥太郎先生はにっこりとあどけない顔をして笑った。
「いいよ〜。国見君の気がすむようにしてくれれば。
やっぱ恥ずかしい写真もあったもんね。」
………分かっているんじゃありませんか。

「それでね、えーと、なんだっけあれ、メディア?」
祥太郎先生は楽しそうに続ける。私ははっとした。
祥太郎先生の手に乗っている物…。あれはデジカメの記憶部分?

「ちなみにそのメディアはまだ僕が持ってたりするんだ〜。だからね、
いっくらでも破いてくれて大丈夫。おばあさまにもちゃんと義理が立つしね〜。」
祥太郎先生、あなたは…鬼ですか…?

祥太郎先生は楽しそうにそれをポケットに突っ込むと、軽やかに立ちあがった。
どうやら…、私をからかうためだけに、生徒会室に現れたようだ。
私は力なく慎吾に、扉の前をどくように行って、祥太郎先生を見送った。

………完敗だった………。