| 2004年 11月 23日(火) |
慎吾にお願い
夕飯に山ほどの天婦羅を掻き込んだ慎吾は膨れた腹を抱えて、畳の上にひっくり返っている。
よくもまあ、あれほどの油ものを口にできる物だ。
我が家では、天婦羅と言うと一騒動だ。
いろいろな野菜や魚介類をそれこそ山のように用意して揚げまくる。
天婦羅はあげたてを食べなければという、おばあさまの主義に従って、座敷に待ち構えている私たちの前に次から次へと天婦羅が運ばれてくる。
他にお菜もあることだし、わたしは天婦羅を5〜6個食べれば満足なのだが、慎吾は全種類制覇するといって聞かない。
全種類…数えたら、20はあった…。
それを慎吾は2周もした。
動けなくなって当然だ…。
「うー…、最後のかき揚げのお茶漬け…。惜しかった…。」
まだ食う気でいるのか…。この全身胃袋は…。
「ところで慎吾、お願いがあるんです。」
私はおもむろに切り出した。
今日わざわざ慎吾を呼び出した本当の目的だ。こんな油袋にするだけが目的ではない。
「なんやの。天音のお願いなら大抵なんでもきいたるで!」
慎吾が畳の上から頭だけやっと持ち上げて言う。
…唇の回りが油で光っている…。
あれにキスされるのは…かなり嫌だな。
「じつは、この間あなたも見たでしょう。祥太郎先生の写された写真を。」
「ああ、あの傑作集な!」
すこぶる楽しそうに言う。おもしろくない。
「あれに抗議を言いたくて、祥太郎先生をお探ししたんですが…。」
「あー、昨日の追いかけっこって、そのこと?」
慎吾は膨れた腹を擦った。
「ええやん、別に〜。楽しい写真やないの。俺もわけて欲しいわ。」
「冗談じゃありません。おばあさまが予想外に楽しまれてしまって、いまあの写真は本当にお稽古場に飾られて、お弟子さんたちに見られているんですよ!」
「ははは。ええやん。天音センセの意外ないちめ…いだだだ! 天音、まじ、痛いってっ!」
膨れたお腹を力いっぱいつねってやりました。
「それだけじゃありません。さらに探している私の写真を追加で撮って…脅すような真似をするんです。
私はどうしてもあの、祥太郎先生がおもちのメモリースティックを回収しなくちゃなりません。
それで慎吾に…。」
「ああ、そらあかん。」
あっさり一刀両断。
「隼人と喧嘩しろとか、勉強頑張れいうならいくらでも頑張る。
でも祥太郎センセは得体がしれんとこがある。君子危うきに近寄らずや。
なんせあの直哉を手玉にとって転がしまくってる祥太郎先生やで。そら天音の頼みでもあかん。」
こっ、この腰抜け! 何の為にわざわざ呼んだと!
しかしここでいらついても仕方がない。私はちょっと思いついて、試してみることにした。
目をパシパシと瞬いて少し眉を寄せ、
顎を引いて上目遣いにして、
両手をしっかり組んで顎の下に置いて。
どうだ! 祥太郎先生直伝ぶりっ子お願いポーズだ。
祥太郎先生がやれば誰でもイチコロなこのポーズ、慎吾ならさぞかし…と思ったのに、
「なんや天音、目ぇにゴミでも入りよったん?」
………………ムカ。
ええ、私が迂闊でしたよ。人選を間違えました。
こんな食欲魔人にこんな婉曲なお願いポーズは無駄でしたよ。
決して私の魅力が祥太郎先生に劣るわけではありませんよ!
なんだか腹立ちの方向が変ってきた気がする…。
「ねえ、慎吾…、どうしても私のお願いを聞いてもらえないんですか?」
拳固3発かましたあとで、もう一度私は慎吾に聞いた。
慎吾は顎ががくがく言うと文句を言いながら、頑なに断る体制だ。
やれやれ。
「そうですか…。そろそろお腹のこなれる運動が必要な頃かと思ったんですが…、いらないんですね…。」
私はするりと自分のお腹を撫でた。下着を着けていないから、持ちあがったシャツの下から素肌が直接見えるはずだ。
きちんと正座していた足を崩して、つま先を擦った。ついでにズボンの裾も少しめくってみる。
慎吾がごくんと唾を飲みこんだ。
「私のお願いを聞いてくれたら…夜中に一緒にお風呂に入ってもいいと思っていたんですけど…。」
「おっ、お風呂っ、それでっ!」
「ええ、もちろん一晩中…。可愛がってもらおうと…。」
いきなり慎吾が立ちあがった。まだ夜中には早いというのに、鼻息を荒くして、目をぎらつかせている。
「ふははは! なんでも言う事きいたるで! 天音の頼みなら何でもするっていうとるやん!」
結局これか…。簡単な奴…。
これでとりあえず慎吾は丸めこんだ。あとは明日…祥太郎先生と再戦だ!