| 2004年 11月 30日(火) |
プルプルの…
しかし一体どうしてこうも祥太郎先生は子供なのだろう。
クリスマスとかお正月とか、なにかにかこつけて集まるのなど数限りなくやっては来たが、わざわざ前もって余興など用意するのは小学生以来だ。
しかもよりによってマツケンサンバ…。
やっぱり考え直してもらえないだろうか。たとえば難易度は大きく上がるが、座頭市の最後でやっていた下駄タップ、あれなら頑張りがいもあるというものだ。
私は祥太郎先生に進言するべく、捜し歩いていた。
祥太郎先生は生徒会室であっさり捕まった。
珍しく真剣な顔で、咲良に何事か話しかけている。
覗き込んでみると、古文の教科書が広げられている。
「だからね、ここは訳すと、『後姿が髪の毛の数本しか残らない』っていう意味だよ。
この女房の嫉妬心が、女性の美の象徴である美しい黒髪を、無残なまでに抜きさってしまったっていう意味だね。」
「えー、いくら嫉妬に狂っても、平安時代の女性の髪が数本しか残らないなんてこと有り得ないですよ〜。」
「まあ、確かに強調なんだろうけど、それほどに強い嫉妬や恨みの心があったってことなんだよ。」
珍しい…教師らしいことをしている。
「うーん…、でも、もうこんな日本語絶対誰も使わないのに、今更勉強するなんて理不尽〜…。」
「はは。しょうがないよ。それに我々の祖先が築いてきた美しい文化を継承するのも、大切な僕たちの役目なんだよ。」
咲良はまだ不満げに、大きなため息をついて背中を伸ばした。
伸びの途中で私に気づいて手を止める。
「珍しいですね、咲良、祥太郎先生。お勉強会ですか?」
「はい、もうすぐ期末考査ですから。
俺、今回は頑張るんです。誰にもお飾りの生徒会長なんて呼ばせたくないです。」
そうか、もうそんな時期か。
我々3年生は、受験を控えて免除になっているから、すっかり忘れていた。
年が明けたら、すぐに進級にかかる大きなテストがあるのだったな。
「主席は無理でも、俺にできる精一杯をするつもりです。」
「無理なんて言わずに、頑張って御覧なさい。あなたならいい線行くと思いますよ。」
「はい!」
咲良は頬を染めて頷いた。
なるほど、カリスマ会長の雪紀の後釜で、後ろに控える白雪と隼人も主席コンビでは、それはやり辛いだろうな。
しかし、私は咲良と瑞樹がしっかりと腕を組めば、不可能はないと信じている。
例え成績において一番を取れなくても、だ。
「そういえば…白雪はどうしました?」
あの学園祭の大騒動以来、姿を見ていない。
「最近はすっかり元気です。
今日も、隼人をスリッパでどつき倒していましたよ。」
やれやれ、仲のよいことで。
「それはそうと…祥太郎先生。」
お勉強会が終わったようなので、私は慌てて祥太郎先生を呼びとめた。
誰が持ちこんだのだろう。ポータブルのテレビが点いていて、祥太郎先生は魂が抜けたようにその画面に吸い寄せられている。
お昼のワイドショーの…なにがそんなに楽しいのだろう。
私は辺りの耳を意識して、声を潜めた。
「例の…マツケンサンバですが。」
「なあに〜? なにか不都合でもあった〜?」
……教科書がないと人格がたちまち幼年化するな…この先生は。
「今更ですが…他のものにしませんか。やっぱりどうも私には…向かないというか。」
「そんなことないよ〜。国見君の腰の振りも流し目も、天下一品だったよ〜。」
…誉められてる気がしない…。
「それでも…やっぱり…。」
「うーん、意外と往生際悪いな〜、君も…。
マツケンサンバよりもっとおもしろいのがあったらそれでもいいけど…。」
そう言いながら先生の目はポータブルテレビに吸い寄せられている。
そこに写っているのは…なんだかはしたない姿の女性…何姉妹と言っただろうか、その妹の方だ。
まるで水着のようなマイクロミニのワンピースに、こぼれ出しそうな豊満な胸を無理やり押しこめていて、
なんだか一生懸命その胸を揺すっている。
「ふーん、ミカさん、歌出すんだ〜。プルプルのキュッのボンッ?」
「………。」
祥太郎先生がゆっくりこっちを向く。静寂が痛い。
にっこりと…本当に嬉しそうににっこりと、先生が笑った。
「マ、マツケンサンバ大賛成です! 是非やらせてください!」
「えーでも、国見君がそんなにやりたくないって言うのなら〜…。」
「そんなことありません! ぜひやりたいです! ぜひぜひ!」
私は直哉の毛脛やら、慎吾のもっこりフリル付やらなぞ、絶対に見たくない!
ましてや自分で着用するなど…論外だ!!!
「そんなにやりたいって言うのなら〜。しょうがないなあ、国見君は〜。」
祥太郎先生がにっこり笑う。
………ええもう、どうにでもして下さい。
「じゃ僕、教員室に戻ろう〜。
君たちも3年生でテストがないからって遊んでちゃダメだよ〜。」
…祥太郎先生に言われたくない…。
私はあきらめて着物の手配をすることにした。
こうなったら…全員分作ってやる!