2004年 11月 5日(金)

訪問客

私は前を行く隼人の背中を追いかけていた。その前方には白雪の細い背中も見える。
隼人は追いつきあぐねているようだ。
子供みたいに素直な感情表現の苦手な隼人は、白雪を思いやる気持ちは人一倍あっても、それを行動に移すことができないのだろう。
私は難なく隼人に追いついた。

「隼人…、白雪のあの表情は…。」
言いかける私を、隼人は凄い形相で睨む。それから反省したように俯いた。

「あいつが何か隠したいことがあるのは、初めて会った頃から分かってる。
だけど、それを今になっても俺に話してくれないのが…俺にはもどかしいんだ。」
その秘密の一端を、わたしは知っている。
白雪が隼人にそれを話せないのは、きっと私より隼人の方が白雪の中では比重が高いからに違いない。
しかし、隼人はそれを察するほどには大人ではないらしい。

一定の距離を保ったまま歩いていく私たちに気づかない様子で、白雪は歩を進め、やがて正面玄関を出た。そこからは正門は目と鼻の先だ。
すると突然白雪の足が止まった。
立ちすくむ白雪の前には、見慣れないブレザーの制服を着た少年が立っている。

少年は薄っぺらい鞄を小脇に抱え、食い入るような目で白雪を見つめている。
やがてじわじわとこみ上げるような笑みが少年の顔に浮かんだ。

「よう、白雪。久しぶりだな。」
「か…、一…巳…。」

「「一巳!」」
私と隼人は同時に声を上げた。
白雪に関する禍禍しい傷跡の一つとして、一巳の名は私の胸にも強く残っている。
白雪の細くて真っ白な美しい腕の内側に、大きく煙草の火で消えない名前を焼きつけた張本人。
それが一巳だ。

「ふうん、いい学校じゃないか。俺んちと同じような中流家庭のおまえには、こんな学校似合わないんじゃないの?
おかげで探すのにずいぶん手間取ったよ。そんなに俺と一緒は嫌だったのかねえ。必死になって逃げ回っちゃってさ。」
「な…なんで、ここに…。」
「だから言ったろ? おまえを探したんだよ。」

隣で隼人が走り出す気配に、棒を飲んだように突っ立ってしまっていた私もはっと我に返った。
慌てて隼人について走る。隼人はたちまち白雪に追いつくと、白雪と一巳の間に割って入った。
「てめえ…。」
いつものキャンキャン怒鳴り散らすような隼人の声ではない。地面を揺さぶるような低い声に、私まで思わずぞくりと肌を粟立たせた。

一巳もそう小柄な方ではない。大柄の隼人と並ぶと、少し見劣りがする。
しかし一巳は、その赤く染めた頭を少し上向かせて隼人を見ると、簡単に無視して白雪に向き直った。
「何、こいつ? こいつが今のおまえの飼い主?」
「なに…っ!」
「ちゃんと躾てもらってる? おまえは懲りない奴だから、いつもきついお仕置きが必要だったよな。」
「一巳…っ!」
隼人が唸り、白雪が泣きそうな声を上げる。私は意を決して進んだ。
人だかりができ始めている。これ以上白雪と隼人をさらし者にするわけには行かない。

「一巳君…でしたか。うちの生徒会の書記に何か用ですか?」
人を威圧する為の、静かでなおかつ意志の強い目をして一巳を見る。
一巳が目を細めた。隼人の恫喝よりは牽制が効いたらしい。

「あんた…誰?」
「白雪の先輩ですよ。可愛い後輩が他校生と揉めていると言うので、様子を見にきただけです。
申し訳ないですが、当学園内には、部外者は出入り禁止となっているんです。ご遠慮願えませんか。」
「敷地内には入ってねーよ。それともなに? 公共の道路で立ち話も厳禁ってわけ?」
確かに一巳は正門を越えてはいない。
しかし、その、射るような目つきが、どうしても私は気に入らない。

「ふーん、もうじき学園祭…か。」
正門の所に貼ってある学園祭用のポスターを見て、一巳が呟いた。
「学園祭じゃ、外部からも沢山来客があるんだろ? こんな大きな学校じゃ、さぞかし客も多いよな。
白雪…その腕はもう、すっかり治った? 痛くないか?」
白雪がはっと息を飲み、左腕を抱えた。
「痛くないから俺の事なんか忘れちゃえるんだろ?
白雪、学園祭…楽しみだな。」
「てめえっ! とっとと帰れっ!」
ついに爆発したように隼人が叫ぶ。
私は意外さに目を見張った。白雪を見る一巳の目は…僅かながら切なさに濡れているように思えたのだ。

「ああ、帰るよ。この場所も、白雪のクラスもすっかり分かったし。」
意外と素直に背中を向ける一巳に、隼人は拍子抜けしたようにたたらを踏む。
一巳は帰りかけて最後に振り返った。

「じゃあ、白雪、また…な。」

にやりと笑うその目に、狂気が宿っているように見えた。