2004年 12月 10日(金)

ストロベリー・シェーク

結局注文は、私が考え込んでいる間に祥太郎先生が済ませてしまわれた。
まっくしぇーくとかいう…ピンクのまるでアイスクリームを溶かしたような代物だ。

「ちなみにこれはマックシェークだけど、ロッテリアで頼む時はマックシェークって頼んじゃダメだからね。」
「し…知っています、それくらい。」
実は…危ないところだったかも。

先に注文したはずの慎吾より、私たちの方が先に席に付く事になった。
いったい慎吾は何をのんびりしているのか…と思ったら、トレーの上はバーガーが3つと、大きなポテトと大きなコーラ。おやつ程度でどこに納まるのやら。
にっこにこでやってきた慎吾は、席に付くなりバーガーの紙を剥き始めた。
どうやら会話に加わる気は皆無らしい。

「んで? お話したい事って何?」
祥太郎先生が首を傾げて私に向かう。危険危険。誑かされないように注意しなくては。
「最近、祥太郎先生が、私だけに少し厳しいのではないかと思いまして。」
なるべく毅然とした態度でぴしゃりと言う。

一息にまくしたてるべく、目の前のシェークとやらに口をつける。
甘い…その上冷たい。なぜこんな真冬にこんな寒いものを飲まなければならないのだろう。
「いい機会だから申し上げておきますが、最近の先生の行動は、私を標的の嫌がらせとしか受け取れない事が多いです。文化祭の写真の事といい、マツケンサンバの事といい、私に恥をかかせて、先生は楽しいんですか?」
一気に言って、もう一度唇を湿すべく、飲み物に口をつける。
ふと気が付くと、祥太郎先生がじっと俯いてしまっている。
しまった…少し強く言いすぎたか?

「ねーえ、国見君…。」
おや? 予想に反してなんだか楽しそうな先生の顔だな。
「僕には…これはちょっと恥ずかしくて、素直に咥えられないんだけど、国見君は抵抗ない?」
先生はシェークの蓋を指差している。
ストローを咥えていた私はそれを見下ろして、思わず吹きそうになった。
先生が指差す蓋には、大股を広げたドナルドがにっこりと笑っていて、ストローはその両足の間に突き刺すようになっているのだ。
つまり私は…ドナルドの股間からにょっきり突き立っているものを咥えて嘗め回している…ということか?
「あっ、本当やっ! やーい! 天音のスケベー!」
ヤーイヤーイと二人で声を揃えて…ええいっ! スケベはどっちだ!

「冗談で紛らわせないで下さい! 私は真剣にお話しているんですっ!」
私の剣幕にも少し祥太郎先生は背中を伸ばしたようだ。
「そう…僕はただ、みんなが楽しく高校生活を送れればって、思っていただけなんだけど…。」
先生は肩を窄めた。小柄な先生がそうすると、本当に小さく見える。
「国見君には…本当を言うとちょっと申し訳ないかなって、思わないでもなかったんだ。でも、国見君は誰より大人だし、きっとうまくみんなを統率してくれると信じていたんだ。それが…君にそんなに不快な思いをさせちゃっていたんなら、本当に僕の力不足で…申し訳ない事をしちゃったね。」
大きな目が見る間にうるうると潤んでくる。
騙されてはいけない…と、心の中で思うのに、先生のその落胆しきった表情はどうにも哀れを誘う。
「まあ…少し私も強く言い過ぎかもしれません。先生が、私たちの事を考えて下さっているのは分かるんですが…もう少しお手柔らかに願えれば、私としても申し分は…。」
私は言いかけて、言葉を飲み込んだ。
先生が至極真剣な顔付きで、両手を挙げていた。
その両手は頭上に置かれ、指の背同士が合わさると、そのまま指先が頭のてっぺんで立って…、
な〜んちゃっ て ?
…………。

ぐったり脱力する私をよそに、祥太郎先生はひょいと手を伸ばして、慎吾のトレーからポテトを摘み上げた。
「あっ! なにすんねん! それは俺のやで、先生!」
「いいじゃん、こんなにあるんだから。桜庭君のケチー!」
あ…こんなレベルの人たちと私は何を真剣に話し合おうとしているのだろうか…。

ガウガウ唸る慎吾を簡単にいなして、祥太郎先生はシェークの蓋をぽんと放り出した。そしておもむろにストローを挿して私の方に向かう。
「だけどね、本当の話、国見君が一番張り合いあるんだよね。」
ちゅうっとシェークを吸うと、子供みたいに口の周りを嘗め回す。そして無邪気な表情でにっこり笑った。
「直哉君は…なんだか僕の話を真っ正直に聞いてくれるだけでつまらないし、逆に住園君は僕の言葉の裏っかわしか見ない感じで、しかもそれを表に出さない感じで、ちっとも騙されてくれないし。」
指を折る。ちっちゃい手だな…。
「咲良くんは、何かあると住園君に逃げ込むだけで僕に反応帰してくれないし、桜庭君とか瑞樹君はからかうには論外だし…。」
「なんでっ? なんで俺は論外なんや?」
除外されれば私なら嬉しいのに…慎吾はムキになって祥太郎先生に食いついている。

「だって、ナイーブじゃない、二人とも。瑞樹君なんか泣いちゃいそうだし、桜庭君もどよーんと引き摺るほうでしょ。」
確かに…確かに慎吾は引き摺る方だ。私も何日も拗ねられて鬱陶しい思いをした事が何回もある…な。
「白雪君はちょっと真面目過ぎるし、そう考えると、ね? 僕に付き合ってくれそうなのは、国見君だけでしょ?」
何が、ね? だ…。

「隼人君も楽しいんだけど、最近白雪君ばっかりで、僕に構ってくれなくなっちゃった。
その点、国見君は、がっちり僕に噛んでくれるし、ちょっとやりすぎちゃったかなって思っても、ほら、今日みたいに、次の日にはしっかり復活してくれて、闘志ムンムンで僕にかかってきてくれるじゃない。そういうんでなくっちゃ、僕としてもからかいがいがないからさあ。」
…つまりなにか?
祥太郎先生が私に絡んでくるのは…私の態度が一番面白いから?
それも…隼人と同レベルで…という事?
………納得いかん!

「でもね、もうじきみんないなくなっちゃうでしょ。だから、今のうちにうんと思い出を作っておきたいって言うのも…僕の本当の気持ちなんだよ。」
先生は少し恥ずかしそうに目を眇めた。さっきほどではないが…ちょっと瞳が潤んでいるような。
「僕の…教師生活の最初の生徒達だから、みんなにも楽しんでもらいたいし、僕の事もしっかり覚えていて欲しい。だから、一番落ち着いた国見君に甘えちゃうのが、本当のところ…かな。」
「先生…。」
なんだかしんみりした心持ちになって、私は先生を見返した。…のに。
だから、な〜んちゃってのポーズは止めなさいというのに!

「でもまだ、3学期もあるし!
リベンジならいつでも受けるから、がんばってね!」
反対に挑まれてしまった…。
私はため息を吐いて、先生が奢ってくれたシェークを啜った。
冷たさが減ったシェークは甘ったるくてちょっとしつこくて…まるで祥太郎先生のようだった。