| 2004年 12月 12日(日) |
晴れ着姿
夕食は京都のお弟子さんが持ってきてくださった今朝作り立てのお豆腐と鱈の、あっさりした湯豆腐だった。
久しぶりに一家全員が揃ったその席で、私はおばあさまを問いただした。
「おばあさま、野乃香から聞きましたが、
お正月に結納ってなんですか!」
するといきなり父が豆腐を吹き出した。
…どうやら父も初耳らしい。
「おや、言っていませんでしたか?」
けろりとした顔でおばあさまがおっしゃる。
どうもあの顔は…確信犯のようだな。
母が動じないところを見ると…母も一枚噛んでいるのに違いない。
「いえね、先日、上等なお花器が手に入ったからとおっしゃって、それを拝見しに伺ったのですけれどもね。」
おばあさまは平然とした顔で鱈の身をほぐしていられる。
「その時つい、長居をしてしまいましてね。毎月いらしている占者さんに、ついでにお目に掛かりましたのよ。」
ねえ、百合子さん、と母のほうに向かうと、そっちも平然と頷く。
「それで、占ってもらいましたら、天音さんと野乃香ちゃんは今年来年がいい運気なんですって。
日にちもね、1月5日が大安でよろしくて、じゃあせっかくだから、その日に結納を済ませちゃいましょうかって、お話がトントン拍子に決まって。」
おばあさまは何事もないかのようにころころ笑われる。
「…ちなみに、そのお花器は、いったいどんなものだったんです?」
「あら、どんな物だったかしら。忘れちゃったわねえ、百合子さん。」
ねえ、と母も頷く。
………陰謀臭い。
きっと前前から準備して、私になにかと逃げる手段を講じられないように、包囲を固めていたつもりなのだろう。
もしかすると、野乃香が口を滑らせなければ、当日いきなり知らされる羽目になっていたのかも。
「結納なんて…まだ早いです。私はまだ学生ですし、お花の先生を時々しているとは言っても、決まった収入があるわけでもありません。
野乃香だって、これから大学へ進めば、気が変わるかもしれないじゃないですか!」
「あなたももう18におなりでしょう? 昔ならとっくに一人前の男です。早いことなどありませんよ。」
「来月の5日は、私はまだ17歳です!」
「…まあ、案外往生際の悪い子ねえ。」
おばあさま、お母さん…聞こえてますって。
「と…とにかく、私は、嫌ですからね。」
「わがままは許しませんよ、天音さん。当日すっぽかしでもしたら、もう二度と家の門はくぐれない覚悟をなさいませよ。」
いきなりきりりとした態度でおばあさまがおっしゃる。
母は静かに食事を続けているし、父はさっきから呆然として箸も動きやしない。
「結納を交わしたとして、いままでの生活に支障の出るわけじゃなし、何をそんなに頑なになることがありますか。」
「だ…だって、いきなりすぎるじゃありませんか!」
ああ…なんだか目が涙目になってしまう。
思えば子供の頃から、おばあさまがこのご様子になると、何一つ逆らえなかったな…。
いやだというのにわざわざ高山まで出向かされて稚児舞いをやらされたり。
ああ…そう言えば、どこぞの山の修行とやらで、燃え盛る火の上を渡らされたりもしたな…。
髪の毛がこげて…嫌な匂いがとれなかったっけ。
「結納と言うのは、女性の実家で取りしきる行事ですから、久遠院さまが何もかもおぜん立てしてくださいます。うちも、結納品くらいは揃えますが、それももうとっくに済ませてあります。」
急に態度を和らげて、おばあさまがおっしゃる。
「先日、あなたが承諾した日から、もうすっかり準備は整っているんですよ。」
今年の夏休みから…。
それでは、結納の品目に入ってるスルメなんかはもうとっくに黴が生えちゃってるんじゃないでしょうか…。
「それにねえ、晴の日だから、私どももすっかり用意を済ませてありますのよ。ねえ、百合子さん。」
おばあさまと母は顔を見合わせて頷いた。…ん?
なんだか、お二人の目が…心なし三日月型になっているような?
「久遠院さまのご紹介で、とてもきれいな西陣を仕立てましたの。
それに、女は日一日、容色が衰える物ですからね。少しでも早い方が、より良い条件でお写真も残せますのよ。」
「おかあさん、おまえ…、そんな理由でそんな大事なことを…。」
「あら、あなたの羽織はかまだって、少し奢りましたのよ。」
…てゆーかこれは…きっと久遠院のじいさまの計らい…。
昔から扱いにくいじいさまだったけど、こと野乃香のこととなると目の色が変わったからな…。
私に直接交渉しても埒があかないと見て、搦め手から手を回してきたのか…そうか。
そんなに野乃香の晴れ着姿が見たいのか…。
私はあきらめてお豆腐に集中することにした。父も同様だ。
どうせ久遠院のじいさまのごり押しに掛かっては、私たちなんか手の回しようがないのだ。
この分だと、来年の正月だけでなく、ことあるごとに大騒動に巻き込まれて、猿回しのサルのように踊らされてしまうのに違いない。
…こうして考えると、私は本当にみんなが思っているほど無敵じゃないよな…。
あとは久遠院のじいさまが。月一くらいでイベントを考え付かないことを祈るばかりだ。