| 2004年 12月 19日(日) |
パーティー その2
野乃香と皐月嬢が去っていった後を、私はぐるりと見まわした。
テストの採点疲れなのだろうか。なんだか眠そうな祥太郎先生を、直哉が一生懸命なだめすかしている。
隼人と白雪は、こんなところでも仲良く小競り合いをしているし、瑞樹はカノンにべったり甘えている。もちろん、雪紀と咲良も言うに及ばず。
みんなこんなに幸せそうなのに。
どうして私のところだけこんなふうにごたごたしているのだろうか。
「慎吾。ちょっと、お話があります。」
私は逃げ腰の慎吾の袖を掴んだ。
真っ白なはずの制服は、慎吾のものだけなんとなく黒ずんでいる。
いかにも暴れん坊の慎吾らしい制服で、私はそれすら愛しく思っている。
「たった今決めました。来月の結納の席には、あなたも出席して下さい。」
慎吾は思いっきり目を丸くした。
「もしかしたら、あなたはなにかと勘違いしているかもしれませんが、結納即入籍というわけではないんです。
それにこれは、両家もいろいろな事情を知った上での合意の儀式です。あなたが参加しても何ら問題はないはずです。」
スキー合宿で当日いないと言う皐月嬢も、改めて呼べばいい。
我々の家族は、それぞれがみんな覚悟を決めるべきなのだ。
「や、そらあかん。いくらなんでも、それは…ダメや。」
慎吾が恐れをなしたように手を振る。
「結納なんて、そんな賑々しい席に、俺なんか呼んだらあかん。」
おや…慎吾は結納なんて判らないかと思っていたのに。
実はちゃんと知っていたのか。
「あなたには、結納の意味なんてわからないかと思いました。」
「アホ言いな。俺かてそれくらい知っとるわ。」
「じゃあ、それが即、結婚に繋がらないって事も。」
「あったり前や。天音、俺のこと、アホや思とるやろ。」
…まあ、それは否定しませんが。
「それなら、どうしてそんなにいじいじするんです。
私と野乃香との間にはまだ時間があって、この先どうなるかなんて、誰にも分からないじゃありませんか。」
そう強く言うと、慎吾は俯いた。
「こないだ…うちのおかんが冬物やゆうて、荷物送ってきてな。そん中に、単なる詰め物や思うんやけど、むかぁしの新聞がはいっとってん。」
さも言いにくそうに、慎吾は言う。
「その記事に、ナントカ流のお花の家元の一人娘が結婚した記事が乗っててん。なんや…質素な顔した人でな。
こんなん、どう転んだってたいした綺麗な花嫁さんにはなりそうもないのに、そらもう大スターが結婚するみたいな大きい記事なんや。
この程度でこれなら、天音と野乃香ちゃんなら、どんだけ華があるやろ、思てな。
ああ…天音んとこも、きっとこんな大騒ぎするな思たら、なんや恐れ多くなってん。」
慎吾は捨てられた子犬みたいな目をして私を見た。
「天音んとこも野乃香ちゃんとこも、立派なお家や。
それだけで、十分ニュースバリューある思うねん。
その上、天音に男の恋人がいることがばれたら、どんだけ大騒ぎになるか。
俺は…今のうち、身を引かな、あかんのやろか、思うたのや。天音の為に。」
なんとまあ、この筋肉は。
そんなことをつらつらと考えていたのか。
私の為に一生懸命、使いなれないその頭で。
「慎吾…。歯を食いしばりなさい。」
私はそう言った。そして慎吾がきょとんとしているうちに次の行動に移った。
力いっぱい拳を振り上げて、慎吾の頬骨をぶん殴ったのだ。
不意を付かれたせいもあるのだろう。慎吾は派手に転がった。
近くのテーブルに衝突してまだ勢いが収まらず、倒れる時にそのテーブルクロスを掴んだ。
派手な音が鳴り響いた。大きなテーブルの上に乗っていた食べ物やら飲み物やらが全部なだれ落ちたのだ。
慎吾はその真中に、きょとんとした顔のまま、食べ物まみれで座りこんでいる。
「お立ちなさい。こんなところで話せません。」
私は慎吾の襟首を掴んだ。
ああ、せっかくの制服が、色とりどりの食品まみれになってしまっている。
オレンジジュースのシミなんて…落ちるんだろうか。
突然の私の蛮行に、ざわめく人たちを尻目に、私は慎吾を引っ立てた。
瑞樹が涙目で私を追ってくる。カノンの顔を潰してしまったかも。
ほんの少し申し訳なく思いながら、私は講堂を後にした。
呆然とした慎吾を引っ張って歩いていくと、高校の敷地内に入った。ここまでは誰も追ってこない。
私は慎吾の両袖を捕まえて、私に向き合わせた。
「ふざけたことをお言いじゃない。私をなんだと思っているんですか!」
一喝すると、慎吾は呆然とした表情のまま、瞳を潤ませた。
ああ、力いっぱい殴ってしまったから、ほっぺたが見る見る腫れあがって来たな。
「だ…だって、俺は天音の為にと思って…!」
「あなたは私が嫁に行く身だとでも思っているんじゃありませんか!」
叱りつけると、慎吾は黙りこんだ。
「私たちの世界では、政略結婚なんてあったりまえのことです。
嫁に行くならともかく、嫁を取る側に暗黙の了解の愛人がいることなんか珍しくもありません。
ましてやそれが両家公認であれば、なんの問題もありません。
あとは私が、その愛人をおおっぴらにしなければいいだけの話です!
あんまり私をバカにおしじゃない!」
私は慎吾に守ってもらうつもりも、慎吾を大事に囲いこむつもりもさらさらないのだ。
私と慎吾はあくまでも同等の立場。お互いを大事に守りあうパートナー同志。
いつまでも手を携えて、同じ道を歩んで行きたい。
私の為に身を引くだなんてこと、絶対に許してやらない。
私は大きく手を広げて、食べ物まみれの慎吾を抱きしめた。
ひんやりと冷たく濡れた慎吾の体。私の頬に滴っているのは、こぼれたジュースか、それとも他のものか。
「私がこんなにあなたのことを大事に思っているのに、自分一人で完結して、身を引くなんて言わないで下さい。
あなたがいなければ一瞬も生きていけない私だってこと、あなたも知っているじゃありませんか。」
それを思い知らせてくれたのが皐月嬢だとしても。
それが私のありったけの真実。
「なら、ええんやな。なんにも取り柄のない俺が、天音にくっついていても。ええんやな。」
大きな腕に抱き返されて、私は声もなく頷いた。
抱きしめる腕に力が篭って、抱き潰されてしまいそうだ。
遠くからまだパーティーの喧騒が聞こえてくる。
このまま抱き潰されて、はかなくなってもいいかも、と、ほんの一瞬思った。