2004年 2月 12日(木)

若先生がんばる!

今日もまた、お花のお稽古をつけなければならない。私はジーンズとセーターに袖を通した。
優雅で美しいばかりに見えるお花のお稽古だって、ひとたび裏方に回ればけっこうな力仕事が待っているのだ。
真っ先に訪れるのは、古い付き合いの生花店。今日はいつもの親父さんではなく、若い息子がやってきた。
「若先生、いつもおきれいで。」
頬を染めてそんな挨拶をする。それは男である私に対して言う言葉じゃないぞ。決して悪い気はしないが。

水を張った大きなバケツに、すでに組まれているお花が入れられる。
今日の生徒さんは5名だから、私の分も含めて6組のお花だ。
中を検める。昨日は黒芽柳とこでまりと菜の花で、ゆかしい伝統の3種生をしたが、今日のお花は春らしい雪柳とスイートピーと、変種のオレンジのチューリップだ。
若い生徒さんも来ることだし、今日は自由花にして、楽しく生けてもらおう。
そう算段していると、まだ突っ立っていた花屋の息子がでれでれと鼻の下を伸ばした。

「うちの花より、若先生の方がずっとおきれいですよ。」

あたりまえだ。愚か者。
それでもにっこり笑って礼を言うと、さらにでれでれしながら帰っていった。
ふむ。一つ善行を施したかな。


水を張ったバケツに入った6組のお花。えいやっと持ち上げて座敷へ運ぶ。
今日はさほどでもないが、枝物が大きいときなど、二人掛かりでないと運べないときもある。
今日は枝に泥のついていることも、特有の分泌液を出す花もない。
おばあ様が気を使ってくれたのかもしれないが、楽な部類だ。

お花は日の当たらない板の間においておく。
うっかり日がさすところに置いておくと、せっかくのチューリップが全開になってしまいかねない。
それから、水盤と剣山を用意する。
自由花には、器選びも大切だから、少し多めに用意する。
お花のいいところは口伝で伝えるところだ。余計な板書の心配がない。
お座敷に暖房をつけて、お座布団を運んで、ようやく私自身の着替えができる。

着替えを済ませて鏡で襟元を直していると、玄関がにぎやかになった。

「天音先生〜。こんにちは〜。」

あの、牛が租借しているような声は、ご近所の乃々香だ。他にも数名の声。どうやら示し合わせて見えたらしい。
私は玄関までお出迎えに行く。優雅にお辞儀してお座敷へ招くと、みんな楽しそうに、しかし少しだけ緊張の面持で靴をそろえる。

「皆さんもうベテランぞろいですから、今日は楽しく自由花にいたしましょう。」

私がそう言うと、生徒さんたちはお花の包みをひろげ、楽しそうに姿を眺める。
雪柳のなだらかな線が綺麗なので、水差しで投げ入れを選ぶ生徒さんもいる。
舟形の水盤に、沿わせるように雪柳とスイートピーの流れを生ける生徒さんもいる。皆さんそれぞれお上手だ。

そんな中に頭を抱えてしまう生徒さんが一人…乃々香だ。

「乃々香…斬新なお花ですねえ…。」
「うん、自由花は創意工夫が大切だって大先生が仰っていたから〜。」

かといって、雪柳のたおやかな枝先に、斬首したチューリップをくっつけるのは…アリか?

「うまくくっつかないよお〜。天音先生、針金〜。」
「…はいはい。」

これも一つの才能の発露かもしれない。私は黙って、糸針金を乃々香に渡す。

こんな彼女でも、お菓子作りは天下一品なのだ。天は二物を与えず。
いや、三物も四物も持っている私が言うのはおこがましいな。
とにもかくにも、こうして私のお花の若先生は何とか無事に幕を降ろした。