2004年 2月 21日(土)

なぜ私が・・・・・・

休日だというのに、朝早くから私はグランドロイヤルホテルの前に立っていた。

 「憂鬱な気分・・・・帰りたい・・・・」

大きなホテルを見上げ私が呟くと、横に居る慎吾がすこぶる楽しそうに私の腕を引っ張る。

 「天音、ほら、早う行こ。楽しみやなぁ〜」

これからやることを考えると、私の足は地面に張り付いたように動かない。
そんな私を気にせず、一人浮かれている慎吾は私の腕を掴んでホテルの中へと突き進んで行くのだった。


 「今日はよろしくお願いします・・・国見さま・・・」
 「はあ・・・・」

用意された控え室で用意されたお茶を飲んでいると、マネージャーという人が、人の良い笑みを浮かべてやってきた。
 そのマネージャーの後ろから、どやどやとスタイリストやメークの人たちが踏み込んできて、あっという間に私は囲まれてしまった。

 「では、まずメークから始めますので、このガウンに着替えてください」

母親より幾分若いおばさんが、私にガウンを渡して、にっこりと微笑んだ。

 ここまできたら、もう逃げることは敵わない。
私は腹を括って、渡されたガウンを身につけ、メーク台の前に座る。

 「お連れ様はこちらへ・・・・」

私の横に座っている慎吾に、マネージャーの人が声を掛けてきた。

 「えー・・・ええやん、ここに居ても・・・」
 「出来上がりをお楽しみに・・・ってことで・・・・」

椅子にしがみ付いて、離れようとしない慎吾に、マネージャーは困った表情を浮かべた。
 慎吾が側で観ていたら煩くて邪魔なのだろう。

 「慎吾・・・・わがままを言ってはダメでしょう・・・・」

私は子供に言い聞かせるように、慎吾に言う。

 「・・・・天音がそう言うならしゃーないな・・・・」

不満そうな顔をしていたが、結局慎吾は言われるまま、控え室から出て行く。

 「じゃ・・・天音、また後でな・・・・」

渋々慎吾が出て行き、ドアが閉まると、その音を合図に、私のメークが開始された。


 「若いって良いですわね〜肌がこんなに綺麗で・・・・化粧をしなくても十分いけますわ」

私の顔に化粧水を叩き込みながら、メークのおばさんが呟いた。

当たり前だ。
私は美貌を保つために、日々努力をしているのだから。
その辺の女性より肌に関しては手入れをしているのだから・・・・・
 そう思ったがあえて口にせず、私はにっこりと微笑むだけにしておいた。

 そうしている間にもどんどんメークは進み、あっという間に花嫁の顔が出来上がる。
髪にもつけ毛やら、生花やらが付けられ、飾り立てられた。

 「それでは、こちらのドレスを・・・・・・」

目の前に出されたドレスを見て、私の顔は引きつった。
 ドレスの飾りが、ビーズではなく、どう見ても本物のダイヤがちりばめてあるのだ。
多分、このホテルで一番高価なドレスだろう。

 一介の高校生の罰ゲームたる催しで、こんな高価なドレスを出してくるとは・・・・雪紀の力がかなり働いているのだろう。
まあ、マネキンとして、宣伝するのだから、これくらい当たり前かもしれないが・・・・・
 私は渋々ドレスを受け取ると、袖を通すのだった。



 「うわぁ・・・・国見くん?凄い・・・・綺麗だよぉ〜」

なれないヒールと長いドレスの裾と格闘しながらロビーに出ると、直哉と来ている祥太郎先生が、私の姿を見つけ駆け寄ってきた。

 「先生もいらしてたんですか・・・・直哉は?」
 「直哉君ならあそこに・・・・皆も来てるんだよ」

 
先生は私の周りをグルグル回りながら、目を輝かせて言う。

 「みんな?」

先生に言われ、指差された方を見ると、生徒会のメンバーが集まって、直哉を囲んでいた。

 「あっ!!天音さんだ〜」

私を見つけた咲良が叫ぶと、みんなの視線が一斉にこっちを向いた。

 「天音〜」

慎吾が皆をかき分け、私に向かって突進して来る。
その姿は飼い主を見つけた犬さながらで、私の頬が思わず緩む。

 「めっさ綺麗や〜今すぐ俺と教会に行かへんか?」
 「何を言ってるんですか・・・・私はさっさと終わらせて帰りたいんですから・・・」

 「よう・・・似合っているじゃないか・・・・」

じゃれ付く慎吾をあしらっていると、ニヤけた顔をした雪紀が近づいてきた。
 この男が諸悪の根源・・・そう思うと私の怒りがふつふつと湧き上がってくる。
しかしここで雪紀を殴ったところで、何の解決にもならない。
悔しい顔をしたら、雪紀を喜ばすだけだ。
 そう思った私は、全神経を顔に集中させ、輝かんばかりの笑顔で雪紀を見やる。

 「こんな素敵なドレスを着させてもらって・・・・・お礼に頑張って宣伝させていただきますね」

そう言うと、私は直哉と共に、私たちの舞台である、大きなショーウインドウの中へと入る。
 大きなガラス張りのショーウインドウに立ち、正面の路地を見て、私は驚いた。

そこには凄い数の人が、カメラを抱えて待ち構えていたのだ。

私と直哉の登場に、感嘆の声があがり、フラッシュが無数の光を放った。

 「な・・・・なんですか・・・これは」
 「あれだけ大々的に校内放送で発表したんだから、当たり前だ・・・・・」

そう呟いた直哉の眉間には、花婿にふさわしくない程深い皺が刻まれている。
 その瞬間、私の中で何かが切れた。

 「直哉・・・こうなったらきっちりマネキンをまっとうしましょう・・・・サービス過剰なほどにね・・・」

そう言い切って、私は甘い表情を浮かべると、直哉の腕に手を沿え、花嫁らしくはにかんでみせる。
 直哉はまだ踏ん切りがつかないのか、ぶすっとした顔をしているが、構っていられない。
サービスとして客(?)に向かって手を振ったりしていると、だんだん楽しくなってきた。
しまいには、咲良と瑞樹が天使の装いで現れ、私たちにライスシャワーを降らせてくれる。

 色々なポーズで写真を取られ続けて約3時間、そろそろ終わりという頃になって、咲良がある提案をしてきた。

 「直哉さん、天音さんをお姫様抱っこで最後はキメてくださいよ」
 「なっ・・・・」

咲良の提案に、直哉は絶句する。

 「だって花嫁をお姫様抱っこって定番でしょ?」

さも当たり前のように咲良はきょとんと首を傾げる。

たかだかマネキンでそこまでする義理はない・・・・と思ったが、キレてる私はなんでもしようじゃないかという気持ちで直哉の首に腕を回した。

 「いいですね・・・さ・・・直哉、最後のお仕事です。皆に見せ付けてあげましょう。それに、もしかしたら祥太郎先生が妬いてくれるかも知れませんよ」

 「祥先生が・・・妬く?」

そこに反応した直哉は、私の膝を救い上げ、軽々と持ち上げた。

その瞬間、人だかりがどよめき、フラッシュがさらに光の数を増した。



そして・・・人だかりの一番先頭でカメラを持ったままの慎吾が、涙を浮かべているのを私は見逃さなかった。

 「天音・・・・俺以外の男と・・・・・」

私の花嫁姿を楽しみにしていた慎吾も、ここに来てやっと自分の考えの間違いに気づいたらしい。