2004年 2月 24日(火)

マネキン効果

例のマネキンをやってからというもの、私の周りは以前より鬱陶しくなってしまった。
しばらくなりを顰めていた親衛隊が、またうろちょろし始めたのだ。
曰く、「お美しい天音様になにか無作法があっては大変…」。
おまえたちが無作法だというのに…。
人ごみを避けるようにして歩き回っていると、直哉とはちあわせてしまった。

直哉も大きな身体を屈めるようにして歩いている。
彼には珍しく、落ち着きなくあたりを窺っている様子だ。

「珍しい。どうしたんです、こそこそと。」
「いや、なんだかもう、あのマネキンのせいで…。」

直哉は思い切り眉間に皺を刻んだ。

「お姫様抱っこされたい会とか言うのが発足しちまって…。」
「はあ?」
「それも、咲良や瑞樹クラスならともかく、柔道部の猛者やら、バスケ部のうどの大木やらが大挙して押しかけてくるんだぜ。」
「それは…おきのどくです。」

やれやれ、不幸をこうむっているのは私だけではないらしい。

「くそー、返す返すも雪紀の奴…。」
「…あのう…。」

いきなり細い声が掛けられた。油断していた私と直哉はびくりとしてしまう。
ここは女子部と隣接した林の傍だ。
隣接するとはいっても、かなり距離がある。
その距離を乗り越えて、女子が数名、果敢にも男子部に侵入してきていた。

「あのう、私たち、お美しいお二人にお願いがあるんです。」
ひっそりと肩を寄せあった女子が3名ほど、おどおどしながら私たちに話し掛ける。
「先日の駅前の素晴らしいご活躍を見て…その…。」

またマネキン効果か…。
一体どこまでたたるのやら…。

「私たち、3月に入ったらすぐ、ミュージカルの発表会をするんですけど、男性パートのソロがいなくて困っていたんです。
お二人…いえ、お一人でもけっこうです。お手伝いをして頂けないでしょうか。もちろんお礼はいたします。」

何でそんな面倒くさいことを…、いや待てよ。
ミュージカルといえば…歌と踊りか!

「それはどこで発表するんですか?」
「都の大会で…、もしかするとテレビ放送も入るかもしれません。
今までは女子で男性役をやっていたんですが、やっぱり本当の男性でないと低音が難しくて…。」

テレビ放送! それはそれは!

「そういうことなら、俺たちより適任がいますよ。」

直哉が珍しくにっこり笑って答えている。考えていることは同じらしい。

「うちの生徒会長の雪紀が、そういう活動に大変熱心なんです。彼が喜んで参加しますよ。」
「そうですね。彼に直接頼むのではなくて、1年生の花本咲良に頼むといいですよ。彼が強力に口添えしてくれます。そうだ、今から一緒に口説きに行きましょうか。」

女子部の生徒は嬉しそうについてくる。
私と直哉は思わず目を見交わし、小さくガッツポーズを交わした。
これで雪紀の泣きっ面が拝めるに違いない。


女子部の3人を使ってない教室で待たせて生徒会室に行くと、雪紀の周りをみんなが取り囲んでいる。
雪紀は私たちを振り返り、偉そうにのけぞった。

「遅いぞ、二人とも。今日はおまえたちにご褒美を持ってきてやったんだ。」
「なんですか、ご褒美って。」

私たちが近づくと、雪紀は手にしたものをひらひらと翳した。

「おまえたちのマネキンのお陰で、うちのホテルのブライダルプランは売上倍増だ。
親父から大入袋を分捕ってきた。蔵王のホテル宿泊券だ。ちゃんと8名分あるぞ。みんなで春スキーだ。」

春スキー…面倒くさい。
大体春スキーは紫外線が強くて、玉のお肌が焼けてしまうから好きではないのだ。
だが、私の決意は慎吾の一言でもろくも崩れ去った。

「スキー! いっぺんやってみたかったたんや!」
「なんだ、慎吾、おまえスキーしたことないのか?」
「うん。だっておかんが寒がりで、わざわざ寒い思いする奴の気が知れんゆうて、冬場は温泉しか連れてってもろたことないし、こっちに来てからはビンボーでそんな贅沢してる場合やあらへんかったもん。」
慎吾が大型犬の目で私を見る。
「天音が連れてってくれるんや。嬉しいなあ。」

慎吾…可愛いやつ♪
これは癪だけど、雪紀の手に乗るしかないか。

「春スキーか…、すると、ミュージカルの発表会が終わったらすぐだな。」
「なんだ? ミュージカル?」

私は慌てて直哉をつついた。直哉もわざと口を滑らせて見せたらしく、それ以上は言わない。
もっとがんじがらめに包囲してから効果的に発表すべき事柄だ。

私と直哉は顔を見合わせ、とりあえず咲良を説得すべく、彼を手招いた。