2004年 2月 29日(日)

毛むくじゃらの行方

「ひ〜〜〜〜や〜〜〜〜!!!」

冷え切った空気の中、なんとも間抜けな声があがった。
見ると祥太郎先生が両手を握り締めてふるふると震えている。
祥太郎先生も…私と同じく猫嫌いなのだろうか…。
しかし祥太郎先生の顔を見た途端、その期待はもろくも崩れ去った。
祥太郎先生は頬を紅潮させ、大きな目をキラキラと輝かせてじっと子猫を見つめている。

「か、か、かわいい〜、抱っこさせて〜。」
まるで吸い込まれるようにふらふらと、祥太郎先生は足を踏み出す。
慎吾が呆然と、その手の中のものを差し出した。

「うーわー、やらかいよう、あったかいよう、む〜〜〜〜♪」
私は静かにあとずさった。祥太郎先生はそれに夢中で私の行動なんか気付かない。
「ねえねえ、この子アメショー? 背中に模様がある〜。」
「い、いいえ、ただの日本猫です。その辺の駄猫の…。」
「あっ、本当だ、顔はただの灰色だ。あははは、おまえ面白いねえ、アメリカと日本のハーフだ!」
先生はそれを再び抱きしめると、毛が抜けるのにも構わずほっぺたをすりすり擦り付ける。

直哉がふらふらと足を踏み出した。

「か、かわいいですねえ、俺にも抱っこ…させてください。」
直哉の奴、猫好きだったのか?
祥太郎先生は半歩引いて、直哉をじっと見上げた。

「いいよ。はい、どうぞ。」
先生の腕が伸ばされる。腕の先のそれは所在無くぶらりんとぶら下がっている。
なぜか直哉はそれを受け取って、チッと舌打ちをした。
ぞんざいに抱かれたのが気に入らなかったのかもしれない。
それは伸び上がると見事に直哉の鼻の頭を引っかいた。

ぎゃあぎゃあ騒ぐ直哉からまたそれを受け取ると、祥太郎先生は私を振り返った。
「ねえ、国見君、本当に嫌いなの? こんなに可愛いのに。」

寄るな! 触るな! 私は思わず慎吾の後ろに隠れてしまう。
生あったかくて気味悪いのだ、生き物は!
それに、そんなに小さな頭で、人間と同じように色々考えているかと思うと、どうしようもなく不気味なのだ。
しかも猫! 奴らの主成分はなんだ? 触ると骨と皮が分裂したみたいにぐにゃぐにゃで、引っ張ろうものならのののの〜と伸びるところがとてつもなく気持ち悪い!

「い、い、嫌です。いくら可愛い咲良と瑞樹の頼みでもこれだけは…!」
声がみっともなく裏返ってしまっている。
ミュージカルの特訓に駆り出された雪紀がこの場にいないことだけが…私の僅かな救いだ。

「ねえそれじゃ、この子…どうなるの?」
「それは…。」
何か言いかけた瑞樹を、後ろから咲良がつつく。
二人は額を寄せ合ってしばし話し込んでいる。謀議好きの私の影響だろうか、二人とも、なんだか悪い顔だぞ。

「誰かがもらってくれなければ、仕方ありません、処分です。」
「えっ、それって…。」
「残念ですけど、保健所に…。」
「そんなの絶対ダメッ!」

祥太郎先生は悲鳴みたいな声を出した。

「こんな可愛い子をそんな…、僕が許さない!」
祥太郎先生の目がウルウルになってきた。
腕の中のそれも、可愛がってくれる人が分かるのだろうか。すこぶる落ち着いた顔でごろごろと喉まで鳴らしているではないか。

「いい! それじゃ僕がもらっていく! 国見君、いいよね!」
私は一も二もなく、こくこくと頷いた。
とにかく私の傍にさえ来なければいいのだ!
咲良と瑞樹がなんだか嬉しそうに肩をぶつけ合った。

こうしてあの毛むくじゃらは、祥太郎先生のうちに引き取られていった。
けちのついてしまった私の誕生日パーティー…。もちろん咲良やみんなにはきつく口止めをしておいたが、雪紀に今日の顛末が漏れるのも時間の問題だろう。
なんだかもう、すっかりくたびれてしまった。

この恨みは、今夜慎吾に晴らしてもらうしかないだろう。