| 2004年 3月 14日(日) |
スキースクール
今朝は慎吾の盛大な腹時計で目を覚ました。
夕べも抱き合ったから疲れているのは分かるが、いびきをかきながら腹を鳴らす奴があるかな…。
仕方がないのでキッチンに下りていくと、そこには先客があった。祥太郎先生だ。
「おはようございます。先生お早いですね。」
「あ、国見君、おはよう。欠食児童がいてね、朝からおお騒ぎなんだ。一足先に何か食べさせてあげようと思って…。」
はて。祥太郎先生との同室は、直哉が涙ぐましい努力の末に勝ち取ったはずだったが、奴が欠食児童?
どっちかというと、祥太郎先生に食べさせたくてやきもきするのは奴の方のような気がするが…。
「缶切りどこにあるか、しらないかなあ、国見君。」
「あ、缶切りならそこの引き出し…。」
思わず言いかけた言葉が止まる。
祥太郎先生の手にしているのは………もしや猫缶とか言うものでは…?
「先生、欠食児童って…まままさか…。」
「あ、うちの太郎連れてきちゃった。車だし、コテージだし、いいかなあって思って…。お留守番させとくの可哀想だし。」
先生が無邪気な顔で近づいてくる。私は思わずあとずさった。先生のその、膨れてうごめく懐はもしかして…!
「絶対可愛いのに、うちの太郎。抱っこしてみない?」
「ひぃっ! い──────や──────っっっ!!!」
こうして今日は私の1回目のサイレンのような悲鳴で幕を開けたのだ。それが今晩また、幕切れのサイレンとなるとは思わなかったが…。
スキーには上場の天気だったようだ。私はよく知らない。
コテージにこもって、1日中温泉を楽しんでいたからだ。
春スキーは日焼けがきつくて嫌なのだ。逆パンダなんて笑い話にもならない。私の肌は繊細で、日焼けをしやすいのだ。
温泉組みは、私のほかに瑞樹がいただけ。
雪紀と直哉はインストラクターの資格を持っているというし、運動神経抜群の咲良ももちろん中々の腕前。
カノンも相当うまいらしい。故郷を思い出すとか言っていたから、国ではずいぶんならしたものなのだろう。
祥太郎先生も意気揚揚と出かけていった。ただし、先生はあんまりスキーは得意ではないらしい。
「祥先生、スキーの腕前は…。」
「えーとねえ、ボーゲンくらいなら何とか…。」
「ボーゲン…。」
直哉がぽおっとした顔をする。祥太郎先生が腰を振り振りボーゲンで滑る様は、それは愛らしいだろう。
「だからねえ、スキースクール入らなくちゃって思ってたんだ。」
「なら、俺といっしょやな! 祥太郎センセ!」
慎吾は今まで機会がなかったとのことで、靴の履き方も知らない超初心者だ。
だが、ずば抜けた運動神経の持ち主の慎吾なら、明日は直滑降で上級者コースもひとっとびだろう。
「桜庭君も初心者? じゃあ一緒にスクール申し込もうね。」
「スクールなんてっ! 俺が教えますっ!」
直哉の目が血走ってる。あんな形相じゃ誰も教えてもらいたくないのに違いない。
「こ…怖いわ、直哉…。」
「………教えるなんて退屈でしょ、直哉君たちは自分の好きに滑ってきていいんだよ。」
完璧腰が引けてる慎吾に比べて、祥太郎先生は涼しい顔だ。直哉の雷に相当慣れているらしいな。
「俺はっ、先生のっ…!」
「…………あんまりしつこいと嫌味だよ、直哉君。」
祥太郎先生がぼそりと言う。ほんの小さな声なのに、直哉が50センチほど飛びのいて、それからシュンとした。
「…分かりました。一人で滑ってきます…。」
…あーあ、可愛そうに、直哉のやつ。きっと真っ直ぐ戻ってきて、うじうじしながら太郎でも構い倒すに違いないな。
なんだか妙に張り切っていたのに、また肩透かしか。
傍観を決め込んだ私は、楽しそうな祥太郎先生と慎吾と、憔悴した直哉を見比べてため息をついた。
本当のところ、祥太郎先生は直哉をどう思っているのだろう。
いつも自ら直哉に引っ付いていくのだから、決して憎からず思っているのは分かるが、ときどきとても冷淡だな。
というより、鈍感なのだろうか? だけど他ではとても鋭いところも持っているのに。
今度直に聞いてみよう。
真剣に質問するそぶりをすれば、きっと祥太郎先生のことだ、答えてくれるに違いない。
私はスキー組みを見送って、木の香りのする大きな浴槽に温泉を張った。
あとで瑞樹にも相談してみよう。