2004年 3月 23日(火)

花の精

花冷えとはよく言ったもので、ここ2〜3日肌寒い…というより真冬みたいな寒さが続いている。
せっかくほころび始めた花が、3分咲きのままストップしてしまっているほどだ。

「こんなに寒いんですから、今日明日中には満開にはならないでしょうね。
今週末あたりがきっと見頃だと思いますよ。」
「確か土曜日は、学校経営者側の総会か何かあったはずだ。それとかち合うのは嫌だな。」
「じゃあ日曜日にしましょうよ! クラブ活動の連中も、日曜日なら来なくてちょうどいいですよ。」
「それでは日曜日に決定でよろしいですね。」

全員がしたり顔で頷く。揃いも揃っていきなり次の週末に都合がつくとは閑な奴らと思ったが、考えてみれば我々の行動はごく限られたペアで動くのが殆どだ。
生徒会の中での行動ならば、すぐにも都合がつくのだろう。



帰宅するとすぐに、私はおばあ様のところへ行った。

「…と言うわけでおばあ様、今度の日曜日にお弁当をお願いできませんでしょうか。」
「まあ、楽しそうだこと。よろしくてよ。お弁当は何人前作ればよろしいのかしら。」
「ええと、生徒会の連中と、きっとカノンもくると思いますから、1、2、…7、8。」
「9。」
「は?」

見るとおばあ様が最後の数を数えながら、にこにこと自分を指差している。
私がちょっとびっくりしていると、おばあ様は少し小さな肩を竦めた。

「私はお弁当をお作りするだけ? ご招待してはいただけませんの?」
「あ、そ、そうですねえ。」

おばあ様は少し下唇を尖らせて、私を上目遣いに見上げている。
間違いなく老齢に達するおばあ様だが、そうしている姿は少女のように稚い。
あんまり可愛らしいので、思わず私はくすりと笑ってしまう。

「これは気がつきませんでした。慎吾や、咲良と瑞樹も、おばあ様が見えれば大喜びですよ。
おばあ様は祥太郎先生とカノンには会われたことはありませんね。ご紹介させてください。」
「おや、カノンさんは存じ上げておりますよ。」

おばあ様はそれこそ少女のように笑った。

「乃々香さんが雑誌を見せてくださいましたよ。高名なモデルさんなのですってねえ。
それに、学校でなさった色々な行事の写真も見せていただきましたのよ。」

乃々香…いつの間に…。
それにもまして怖いのは、いろいろな学校の行事の写真とやらだ。
女子部と合同となると学園祭くらいだが…まさかあの女装写真がおばあ様の目に触れたわけではあるまいな…。
今度乃々香をとっちめないと…。

「それよりも、天音さん。せっかくのお花見ですから、久しぶりに一さし舞っては下さいませんの。
天音さんの舞われる花の精が見たいわ。」
「舞い…ですか。」

父の影響で、私も子供のころからみっちり日本舞踊を叩き込まれた。
父の舞うのは、日本舞踊といっても創作舞踊だ。
もともと宗家になるはずだった祖父が、次代を襲名する前に身まかったために、現在の宗家は祖父の弟の家系が担っている。
ただ、舞踊にも天与の才というものはあるらしい。父は、宗家の息子衆よりよほど綺麗な舞を舞う。
そうなると、お定まりの宗家争いが始まる。現在の宗家と、正統な宗家の血筋を引く父を支援するものとの間で、長い間醜い争いがあったのだそうだ。
父はそれですっかり古来の日本舞踊に愛想を尽かしてしまった。
すっぱりと縁故を断ち切って今の創作舞踊を立ち上げたのだ。
そんな争いを経由しているせいか、父は一子相伝なんてことは口が曲がってもいわない。
舞など、舞いたい者が舞ってこそ価値があるという。
だから私は舞の基本を叩き込まれこそすれ、それを続けることを強要されたことはない。
私が舞うのは私のためだけであり、私の舞いを見たいと言ってくれる人のためだけだ。

「分かりました。それでは今週末までに少し練習しないといけませんね。」

私が言うと、おばあ様は嬉しそうに頬を染めた。

「まあ、ありがとう。楽しみだわ。お弁当の方も、うんと楽しみにして待っていらしてね。」

私はにっこり笑って頷いた。


それにしても、私ばかりが舞うのは癪だな…。
誰かにかくし芸でもやらせようか…。