2004年 3月 29日(月)

花見日和その��

みんなの前に立った祥太郎先生は、いつの間に着替えたのか、ちゃっかり燕尾服を着ていた。
しかしサイズが侭ならなかったのだろう。なんともぶかぶかで、まるでチャップリンのようだ。

「演劇部の部室から拝借してきました〜。
こういうの着ると、どうしてもこれ、やりたくなっちゃうんだよね〜。」

祥太郎先生は朗らかに言うと、身体の脇に垂らして手のひらだけ上げた腕を、リズミカルに上下し始めた。

「あっ、ひげダンスやっ!」
嬉しそうに慎吾が叫ぶ。
先生は嬉しそうに「そうで〜す!」と答えると、歌を口ずさみながらヨチヨチとペンギンのように歩き出した。

「それではいかりや長介氏追悼の意を込めて、しばらくひげダンスをご堪能くださ〜い。」
私は思わずのけぞりそうになった。
祥太郎先生の背後から、同じように燕尾服を着た直哉が現れて、祥太郎先生の傍で同じくひげダンスを始めたのだ。

直哉の衣装は、これもサイズが侭ならなかったらしい。こちらは対照的につんつるてんだ。
強面で通している直哉は、普段なら絶対こんなおちゃらけはしないだろう。100パーセント直哉の意思でやっているわけではあるまい。
それが証拠に、顔が真っ赤だ。あれしきの酒で直哉が酔うわけはないから、恥ずかしくて火を吹きそうなのだ。
それでも祥太郎先生には逆らえないのか…。
直哉…健気なやつ…。

そんな直哉の純情を無下にするように、慎吾は受けまくっている。
「ぎゃははは…! 直哉、似合うてるで〜!」
慎吾、おまえには武士の情けはないのか…。

「さて、そろそろ本題いきま〜す!」
しばらくそのあたりを歩き回った先生は、やっと納得いったらしく、踊りを止めた。
あからさまにほっとした表情の直哉が、ガタガタと何かを引っ張り出している。白布をかけたテーブルのようだ。

「はい、まず、コイン渡り〜!」
祥太郎先生のちっちゃい握りこぶしの上を、コインが滑るように移動していく。手のひらを結んだり開いたりするたびに、コインはあちこちから現れて姿を消した。
「おお〜!」
結構上手である。

「はい、じゃあ、定番の数々で〜す。」
祥太郎先生の体中のあちこちから、花が咲き、旗がのび、ボールが現れる。
しかしこの近距離は、マジックには不利だろう。ぶかぶかの手元から、種が見え隠れしている。
子犬たちも気が付いて、くすくす笑っている。まあこれはご愛嬌というものだろう。

そうこうしているうちに、直哉はテーブルをセットし終えたようだ。祥太郎先生はその後ろに回った。
どこかからか出した、シルクハットを載せる。
まず、ピンクのフリージアの花束が現れた。

「これは今日、ほっぺの落ちそうなお弁当を作ってくださったおばあ様に捧げます。」
「あらあら、まあ、どうもありがとう。」
女性にとって花束はいつでも必殺技だ。
おばあ様も例外なく頬を染め、嬉しそうに微笑んでいる。

「普通のシルクハットならハトがでるところだけど、祥太郎流は一味違います!」
そう言って先生が引っ張り出したのは、太郎だ。
「ひぃ!」
悲鳴を上げる私を尻目に、みんなはおおーっと盛り上がっている。

「太郎、お手! お代わり!」
猫にお手なんて…と思ったが、太郎はなーおと鳴きながら、難なくお手お代わりをこなしている。
拍手を浴びて、先生は太郎を抱きしめ、嬉しそうに笑った。

「さあ、最後の大技です!」
祥太郎先生がそういうと、直哉がまた出てきて、テーブルの上に横たわった。先生が下に置いてあったのこぎりを取り出す。
「人体切断〜!」
「おおーっ!」

先生のマジックが予想外に面白かったので、みんな盛り上がっている。慎吾なんかこぶしを振りたててやんやの催促だ。
私も思わず固唾を飲んでしまった。本当にそんな大技ができるのだろうか?

ところが、祥太郎先生の様子がおかしい。

直哉の上に屈んで、ひそひそと何か囁いている。距離が近いので、よく聞こえる。

「どうしよう、直哉君、誰も突っ込んでくれないよ。
もうこうなったら端っこ本当にちょっと切っちゃおうか。」
「や、やめてください!」

祥太郎先生に従順な直哉も、さすがにへっぴり腰で逃げ出した。
笑いの内に、これで祥太郎先生のマジックがお開きになった。

「それじゃあ…。」
おもむろにカノンが立ち上がる。
「俺も何かやろうかな。」
カノンの飛び入り参加に、みんな目を丸くした。金髪碧眼のカノンは、こんな馬鹿騒ぎには混じらない印象がある。

「えっ、カノンもやるの?」
「当たり前だろう。国じゃこんな楽しいイベントに参加しないのは、よっぽど偏屈だよ。
でも、準備がないから、イッパツ芸で勘弁な。」

そういうと、カノンはみんなの前に立った。
「ワンちゃんズと被っちゃうけど、物まねをします。」

そういうと、カノンは目を大きく見開いて、ゆっくりパチパチと瞬き、それから見上げるようにゆっくり小首を傾げた。
「祥太郎先生だー!」
次には思いっきり眉を寄せ、それでもたりないらしくて手まで使って眉間に皺を寄せた。
「直哉だー!」

本当に瞬間芸ではあったが、みんなの特徴を良く捉えている。
生徒会の面々を一通りやると、次には芸能人に移ったが、これもまたよく似ていた。
モデルという職業柄、人を観察するのに長けているということなのだろうか。

「凄い…、カノン、かっこいい…。」
瑞樹がうっとり呟いた。
カノンなら何でも良いに違いないのだ。

「すると、何にもしてないんは雪紀だけやな。」
いきなり慎吾に振られて、雪紀は思わずあとずさる。慎吾と瑞樹の目がキランと輝いた。

「うーた! うーた! うーた! うーた!」
雪紀に歌をねだるとは、いい加減慎吾も人が悪い…。
雪紀はたじたじとなりながら、起死回生を狙って一言叫んだ。

「お、俺の歌には伴奏が必要なんだ! オケもないのに歌えるか!」
「あら、じゃあ私がお三味で伴奏いたしますわよ。」
うっ! 雪紀がうめいた。

「それともこんなおばあちゃんの伴奏じゃお嫌?」
くすんと鼻を鳴らすおばあ様に、雪紀が太刀打ちできるわけもない。

「………あら、ギャグだったのね…。」
これは、雪紀の歌を聴いたおばあ様の感想だ。

時刻もだいぶすぎると、風が強くなってきた。桜がざわりと枝を鳴らして、花びらを振りまく。

「それでは、いよいよとりと行きますか。」
私はゆっくり立ち上がった。子犬たちが走っていって、私のために緋の毛氈をひいてくれる。
私とおばあ様はありがたくその上に移動した。

おばあ様の細い背中がピンと伸ばされる。端座したおばあ様は三味線をかき鳴らすと、高い声で謡を始めた。

舞扇が小気味良い音を上げて開く。私は指先にまで神経を集中して舞を舞った。

桜の花びらが、雪のように舞う。おばあ様の髪にも花びらが乗っている。
私もきっと花びらを纏っているのだろう。腕を振り、扇を翳し、すり足で進むたびに、匂い立つような花びらがふわふわと私を取り巻く。
風を孕んだ袂が翻るたびに、みんなの陶然とした顔が見え隠れする。流し目をくれれば、慎吾がふらふらと身体を揺らすのが見えた。

上出来な舞だった。

私とおばあ様は拍手に包まれて、顔を見交わした。ほんのり汗ばんだ肌に、いくつか花びらが張り付いていた。

「天音さん、素晴らしい舞でしたよ。
それからみなさん、今日は本当に楽しい時間をどうもありがとうございました。」

おばあ様が深深とお辞儀をし、みんなが慌ててそれに習って、花見の1日は無事に終了した。