| 2004年 3月 7日(日) |
待ちに待ったミュージカル
私は眠そうに目を擦っている慎吾を連れて、都内にある大きな劇場へと向かっていた。
そう、今日は待ちに待った「ミュージカル」の日である。
都大会だというのに、こんな大きな劇場を使うとは・・・・多分裏で白鳳の理事長あたりが絡んでいるのだろう。
それとも・・・・雪紀の力?いや、そこまではないだろうと、私は無駄な考えを捨てて、劇場に入る。
回転式の扉を潜り、ロビーへ向かう途中、生徒会の連中に遭遇した。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます。天音さん・・・・慎吾さんはまだ眠そうですね」
後ろで大あくびをしている慎吾を見て、咲良がクスクスと笑い出した。
「雪紀は?ちゃんと逃げずに来てますか?」
「大丈夫だ。俺が昨日の夜から見張っていたからな・・・・」
きょろきょろと首を巡らす私に、直哉が答えてくれた。
本当に見張っていたのだろう、直哉の顔に心なしか憔悴の色が伺える。
「それはご苦労様です。じゃ・・・みんなで雪紀の様子を見に行きましょうか?」
私はそう言うと、前もって教えてもらっていた楽屋へ、皆を連れて歩き始めるのだった。
「何だ・・・・お前ら揃いもそろって・・・・・」
楽屋に入るなり、不機嫌そうに雪紀に舌打ちされた。
「皆であなたを激励しに来たんじゃないですか・・・・・もっと嬉しそうにしたらどうです?」
「ふん・・・・激励じゃなくて、からかいに来たんだろう?」
私と雪紀の間に火花が散る。
「まあまあ、2人とも・・・・それにしても凄いね・・・住園くんの衣装・・・・」
睨みあう私たちの間に、祥太郎先生が割って入り、話を逸らそうとしている。
その祥太郎先生に同調して、子犬ブラザーズが騒ぎ出した。
「ほんとだーーーーっ雪紀さん王子様みたい」
「でも、カノンの方が似合いそうだ・・・・・」
褒める咲良に、のろける瑞樹・・・・・2人のお陰で私と雪紀の戦意が殺がれた。
雪紀の衣装は中世の騎士のような格好で、腰くらいまでの短いマントまでついている。
何だか学園祭を思い出す。
雪紀も同じ事を考えていたのか、嫌そうな顔で「こんな格好は二度と御免だと思っていたのに」と呟いている。
私たちがワイワイ騒いでいると、女子部の生徒に声を掛けられた。
「すいません・・・・そろそろ準備をするので、皆さんは客席へ・・・・」
「そうですか・・・・じゃ、雪紀、私たちを楽しませてくださいね」
サービスにウインクを投げ、私が扉に手をかけると、雪紀が私を呼んだ。
「天音・・・・それに直哉、お前たちの度肝を抜く程のステージを見せてやる。覚悟しておけ」
私と直哉を指差し、雪紀が宣言した。
私は応える代わりに、笑顔だけ見せ、楽屋を後にした。
雪紀はどんな作戦を思いついたのか・・・・楽しみでしょうがない。
私は座席に着いても、笑いが止まらなかった。
「演目はロミオとジュリエットやて・・・・天音は内容しってんの?」
横に座ってパンフレットを眺めていた慎吾が私に聞いてきた。
「ロミオとジュリエットをやるんですか・・・・」
私は今の今まで、やる演目を聞いていなかったが・・・・
ロミオとジュリエットをミュージカルでやるのは珍しい。
確かに、ロミオの見せ場は沢山あるし、特にパリスとの決闘のシーンは客を引き付けるには十分だろう。
ミュージカルといえば「歌」どこで歌を入れてくるのやら・・・・楽しみだ。
「なぁ・・・天音、どんな話なん?」
「観てれば分かりますよ・・・・」
慎吾が私に話しかけても、私はこれから観る舞台の事で頭がいっぱいで、慎吾に素っ気無い態度を取ってしまった。
「天音・・・・冷たいなぁ・・・・・もうええわ。俺咲良に聞くから」
拗ねた慎吾は、私から顔を背けると、横に居る咲良に纏わり付いてしまった。
ああ・・・・厄介ごとが一つ増えてしまった。
雪紀に気をとられて、慎吾を拗ねさせて・・・・後でフォローが大変だ。
これもみんな雪紀の所為と、私は心の中で呪いの呪文を唱えるのだった。
そしていよいよ、舞台が暗くなり、最初の学校の発表が始まった。
白鳳学園の出番は最後、それまでは他の学校の舞台を観る。
どの学校も、それなりの出来ではあるが、やはり、私たち白鳳ほどの美貌を持った生徒はいない。
これで雪紀の「歌」さえ上手ければ、白鳳の優勝は間違いないだろう。
しかし、雪紀の歌の事を考えると・・・・・
まず優勝はあり得ないどころか、お笑いにしかならない。
もしかして、白鳳の名誉に傷が付くのでは・・・・そんな考えに至ったと同時に、白鳳学園の出番が来てしまった。
ミュージカルというのは、全編歌ではない。
お芝居の合間に歌が入るものだ。
芝居が始まって中盤までは、雪紀は歌っていない。
芝居は、悔しいが上手いし、外見が良いだけに、会場中の観客の目を引いているのが分かる。
歌っているのは女子ばかり、もしかしてこのまま雪紀は歌わずに終わるんじゃないだろうか・・・・・
私が嫌な予感に捕らわれていると、話は進み、ロミオが服毒するシーンになった。
霊廟の扉を開けて、横たわるジュリエットを見つけたロミオ。
側に歩み寄り、ジュリエットに話しかけるシーンになった瞬間、軽快なヒップホップ調のリズムが流れ始めた。
「えっ・・・・・・!?」
私は自分の耳を疑った。
大事な見せ場の一つ、ロミオが愛を語り、服毒し、ジュリエットの側で倒れるシーンだというのに、その場面の長台詞をラップで歌い始めたのだ。
しかも、見事なダンスも披露して。
会場に一瞬妙な空気が流れた。
その直後、拍手やら、笑い声やら、歓声が会場を揺るがした。
悲劇が一転して、「喜劇」になった瞬間だった。
「雪紀・・・・・なんて作戦を考えたんですか・・・・・」
私は頭を抱えた。
ラップなら、多少音程を外したところで、リズムさえ取れれば誤魔化せるようだ。
雪紀の音痴もそんなには露見していない。
いや、かなり練習はしたのだろうが・・・・・・・・
私は横に居る生徒会のメンバーを見やった。
皆、口をぽかーーーーんと開けて、呆れ顔だった。
ただし、慎吾と祥太郎先生は大騒ぎで喜び、楽しんでいる。
そして、話の内容も変えられた「喜劇ロミオとジュリエット」は大爆笑のうちに幕を閉じた。
何だかバカらしくて、勝った気も負けた気も起こらない私と直哉だった・・・・・・・・