2004年 4月 2日(金)

窓辺の発見

私気付で慎吾に速達が届いた。何かと思ったら、慎吾のお母さんからだ。
慎吾に渡すと、彼は大袈裟なしぐさで頭を抱えた。

「のわー! 本気で送ってくるとは思わんかった!」
「なにを送ってこられたんです?」

ぺらりとした封筒一通。たいしたものは入っているように思えない。

「………乗車券や。新幹線、新大阪行きの…。おう! しかも指定券や! でえっ、今日の午後なんてなんてえげつないおかんなんや!」
そういえば昨日の電話で、帰る帰らないともめていたな。
帰らない理由に、金がないなんて安直なことをいうからこうなるのだ。

「仕方がないじゃありませんか。せっかくだからお帰りなさい。
お母さんが首を長くしてお待ちですよ。」
「首やのうて、きっと角と牙を長くして待っとると思うわ…。」

覗き込むと、今からここを出て東京駅へ行くまでぎりぎりの時間の指定券だ。
しかし、そんな綱渡りみたいな旅券を、しかも寮ではなくて私のうちに直接送ってくるあたり、慎吾の母上…さすがといえばさすがである。

私はごねまくる慎吾をせかして支度をさせ、東京駅まで送り届けることにした。
いい加減お笑いビデオ漬けの日々の飽きたし、でっかい図体にいつまでもごろごろされてはかなわない。
慎吾は愛しくて大事だけれども、私のプライバシーと自由時間も捨てがたいのだ。

そんなこんなでぎりぎり間に合った新幹線に、慎吾を放り込んだ。

せっかく町に出たので、ゆっくり買い物をしながら帰ってきて、駅前のカフェに入った。
ここは慎吾にも教えてない私のとっておきだ。
少し奥まった路地に入り口があり、店があること自体分かりづらいせいか、いつ来ても空いている。
いかにも道楽者のマスターが、趣味で集めたような一点物のカップ∩ソーサーをいつも磨いていて、客が姿を見せてもおもねるような態度は決してとらない。
低くけだるいジャズが流れていて、それを楽しみにくる客もいるようだ。コーヒー一杯で何時間粘ろうとも、文句の出ることはない。
細長い店で、奥まで進むと窓際の席から駅前の風景が望める。

私はいつもの窓際に座って、カフェオレを頼んだ。ここにくるとたいていそれを頼む。
凝り性のマスターが、ちゃんと席までコーヒーとミルクを持ってきてくれて、目の前で高く掲げたそれぞれのポットからそれらをボウルに注いでくれる。
その芸術的な腕前が見たくて、ここに来ているようなものだ。もちろん味も香りも抜群である。
ただ、気分屋のマスターの都合に合わせなければならないので、急いでいるときにはここは向かない。

私の注文を聞いても一向に腰を上げようとしないマスターを放っておいて、私はゆっくり窓の外を見た。
今日あたりは完全に春の日差しだ。気の早い少女が、キャミソールで闊歩している。ミュールが涼しげだ。
私もそろそろ衣替えをしなくては…と思いながら眺めていると、見覚えのある後姿が横切った。

直哉だ。

こんなところに何の用事だろう。直哉はうろうろと歩き回ると、ディスプレイを覗き込んでいる様子だ。
何の店だ? 私は思わず身を乗り出した。
…不動産屋だ…。

直哉はしばらく考え込むと、その不動産屋に入っていった。
はて、確か直哉は、親御さんと一緒にマンションで暮らしていたはず。
外出が多いご両親で、他にも根城にしているマンションが都内至るところにあり、殆ど一人暮らしだと言っていたはずだった。
決して住まいに不自由していたわけではない。学校にも程近くて、通学も至近だったのではなかったか。
それがなぜ、不動産屋なのだろう?

俄然楽しくなってきた。

私は折りよくマスターが入れてくれたカフェオレを慌てて飲み干すと、店を出た。
これで春休み後半の退屈を紛らわせるねたができたようだ。