| 2004年 4月 29日(木) |
みどりの日
今日はみどりの日で休日である。
社会人ともなれば、今日から来週丸々休日の、大型連休と浮かれているやからも多いようだが、我々学生には何ら関係ない。
あろうことか、明日は体力測定があるのだ。
全校を挙げてする体力測定を休日の狭間に置いて、せめてもの体力温存としたい教師たちの魂胆が見え見えである。
そうは言っても、関係者として駆り出される我々生徒会役員にとっても、この日程はありがたい。
そう、今年は、隼人という厄介な闖入者のおかげで、例年にない大クイズ大会を繰り広げてしまったため、私は大変疲れているのだ。
よって今日は一日寝て過ごすこととする。
それなのに、早朝から携帯に起こされてしまった。
慎吾からだ。私は寝ぼけ眼で携帯を持った。
「おはよー! 天音! 今日もいい天気やで! こんな気持ちのいい日にはプールやっ!」
いきなりの大声が、私の左右の鼓膜をつきぬけて脳みそを串刺しにする。
「しんご…、ぷーるって…。」
「国立体育館のプールならもう入れるんや! 俺、昨日くらいの泳ぎじゃ全然足りのうて、手足がわきわきするねん! 泳ぎに行こ!」
しまった…! 隼人対策に慎吾の得意の水泳を組み込んだはいいが、慎吾の泳ぎの虫を刺激してしまったか…!
気持ちがいいからって…屋内プールに天候が関係あるか!
だいたい、そんなお子様の出し汁みたいになっている庶民プールにこの私が入れるか! ホテルのプールならいざ知らず…。
「…遠慮します…、咲良たちでも誘ってください…。」
「真っ先に誘ったねんけど! 何や忙しいゆうて断られてん。後暇なの天音だけや。」
…なんで私が暇だと決め付けるかな、この筋肉は…。
「嫌です。行きません。一人でお行きなさい。」
「あ〜っ! そういうつれないことを言うんやな、昨日おまえのために、俺があんだけがんばったのに!」
それは私のためではなくて、あなたたちのためでしょうに…。
「なああ、行こー行こー! 久しぶりでいいやん。」
「…嫌です。私は今日は休養日と決めているんです。」
「冷たいなー、そっちがその気なら、こっちにだって奥の手があるんやで。」
携帯の向こうから、ふっふっふっふと低い笑い声がする。
私はあきれて通話を切った。慎吾の奥の手なんて、どうせたかが知れている。
やっと静かになったので、布団をかぶりなおした私は少しまどろんだが、平和な時間はそう長くは続かなかった。
何やらあたりが騒がしい。私は布団から首を伸ばすと時計を探った。まださっきの慎吾の電話から30分しか経っていない。
道路から声がするようだ。私の部屋は敷地の奥まったほうなので外の騒ぎは聞こえにくい。何事かとぼんやりしていると、廊下の向こうからおばあさまが声をかけてこられた。
「天音さん、お目覚めですか? ちょっと出ていただけないかしら。」
「おばあさま…いったいなにごとです…。」
眠くて言葉が全部平坦になってしまう。
私が朝に弱いのを良く知っていらっしゃるおばあさまは、少し困ったお顔をなさった。
「いいえね、慎吾さんが遊びにこられたみたいなのよ。」
慎吾? 一体何を?
私は耳を澄ました。確かに慎吾の声がするようだ。その内容といえば…。
「まだ起きないのかいな。意外にしぶといな。よっしゃ。
あーまーねーくーーーーん! あーそーぼーーーーー!!!」
こ、これが慎吾の奥の手?
あまりにシンプルかつ大胆な作戦に、私はめまいを禁じえない。これは断じて私の低血圧のせいではないぞ。
よろめく私をあざ笑うかのように、慎吾の大音声は何度でも繰り返される。
「困ったわ。おあがりなさいって言っても、用があるのは天音さんにだけだからって、どうしても遠慮なさるのよ。」
おばあさま…それは遠慮ではありません…。
私はたまりかねて寝巻きのまま玄関へ走った。何しろ広い我が家だ。少しでも急がなければ、慎吾の次の発声に間に合わない。
このあたりがいくらお屋敷街で一軒の擁する敷地が広いといっても、こんな大声ではあたり中にご迷惑だ。
「慎吾! やっやめなさい!」
「おおっ! 浴衣の天音も色っぽいなあ!」
見当違いの返事に私はがっくりとうなだれる。慎吾はといえば、すっかりプールグッズに身を固めて、泳ぐ気マンマンだ。
「どや! いっしょにプール行く気になったやろ!」
勝ち誇ったような慎吾の表情に、私は心底気力を失って頷くしかない。
こうして今日の私は、お子様の出し汁に漬かって1日を過ごすこととなってしまった。