2004年 4月 4日(日)

未成年な私たち

バーコードに連れられて、私たちはマンションに入った。
駅から徒歩10分というが、結構歩いた感じだ。
直哉が時計を睨んでいる。
「駅から大体900メートルか…。まあまあだな。」
「距離をはかったんですか?」
私はびっくりして尋ねる。なんだか今日は驚かされっぱなしだ。
「まさか。時間を測ったんだよ。」

直哉は少し照れたように言う。
「不動産屋は1分80メートルで歩くって決まってるんだ。
11分かかったから、大体900メートル。簡単な計算だ。」
「へえ…。」
なるほど、身に付けた知識は無駄にはしないということか。

案内された部屋は、7階の、南向きではなく東向きだった。
「こういっちゃ何だけど、西向きじゃこのあたりは夏場は大変だからね。真南向きよりこっちのがいいと思うよ。」
バーコードは少し得意そうにそう言う。
直哉は小さく頷くと、部屋を一通り眺めた。

3LDKとはいえ、一部屋一部屋が小さい。心なし、畳まで我が家のものより小さい気がする。
こっそり直哉にそう耳打ちすると、直哉はこともなげに頷いた。
「当たり前だ。マンションサイズって言うんだ。
大体敷地面積だって、今時何畳なんていわないんだ。平米で表示してあるのに、畳の大きさなんか律儀に守っていられないだろ。」
そんなものなのか。なんだかとても阿漕な気がするが。

「少しバスタブが小さいのが気になるけど、ちゃんと風呂トイレ別だし、古い割にきれいですね。」
「そうでしょう。ここはご主人の転勤でやむなく越された方が、戻ってくるまで誰かに住まっていてほしいって貸し出したものだから、愛着を持って管理されてて十分きれいなはずですよ。」
バーコードは自分のことのように自慢気だ。
直哉はもう一度考えると、ぐるりと部屋中を見回して、頷いた。

「じゃあ、ここに決めます。」

「ちょっとちょっと、そんなにあっさり決めちゃっていいの? 親御さんとご相談は?」
人のよさそうなバーコードが焦っている。
案内はしてきたものの、まさか未成年の直哉がそんなにあっさり契約すると言い出すとは思っていなかったのだろう。

「いいんです。実は家でネットを使って、この辺結構探したんです。
それで、このぐらいなら好条件って見当つけてましたから。」
「そ、それにしても…。契約しちゃうと一年は破棄できないのよ。まあ君は未成年だから、契約チャラにもできるけど、当然契約書には親御さんのサインもらうし…。」
「親は関係ありません。まあ、…契約書のサインは頼みますけど、金だって俺が都合するんです。」
「それならなおさら、もっとよく考えないとダメだよ。CMじゃないけど、お金は大事だよ。」
「でも、いいところはぐずぐずしてると埋まっちゃったりするでしょう。」
直哉のやつ、苛着いてきたな。

「ここが気に入りましたから。なんだったら手付も置いていきます。」
「まあ…そんなに言うなら押さえておくけど…じゃあもう一度よく親御さんと検討してね。」
「………はい。」
眉間にしわが…3,4、…5本。
それでも何とか目的を達することができて、直哉は愁眉を開いた。

もう一度不動産屋に戻った我々は、簡単な書類を交わし、それでやっと開放された。
直哉は苛立ったように背中を伸ばした。

「俺は体力も財力も、行動力や決断力もそこそこあると思うんだが、いつも決定的に年齢で泣かされる。
どうして俺はまだ1人前じゃないんだろうな。我が身が歯がゆいよ。」
「その分、甘えていい部分が沢山あるということじゃありませんか。
1人前で居てしまえば、クラブキングなんてやっていられませんよ。」
「…クラブキングはよせ。」
私のからかい半分の言葉に、直哉は苦笑いをした。
そうしてふと真顔になる。

「とにかく、しばらくはこのマンションのことは黙っててくれよ。
いずれ皆にばれると思うけど、まだ…特に隼人には絶対内緒だ。」

隼人…聞いた名前だけど、誰だったか。
私が考えている様子を見て、直哉は少し安心したようだ。

「思い出せなければいい。じき…いやでも思い出すだろうよ。」
少し困ったような顔で、それでもなんだか嬉しそうなのは私の気のせいだろうか。

こうして私たちは、新学期に合うことを約束して、お互いの帰途に着いた。
私の胸にほんの少しの将来への不安を残して。