2004年 5月 1日(土)

体力測定 午後の部

休憩をはさんで、私たち3年生は体育館に向かった。
雪紀と直哉の派手な張り合いのおかげですっかり競技会と化してしまったトラック測定を終え、今度は地道な筋力測定に移るためだ。
運動は、そうたいして得意でない私でも、誰にも負けないものがある。
それは柔軟性だ。もはやこれははっきり自慢だが、私は垂直に立ったまま、自分のひざ小僧を抱きしめることが出来る。
開脚ともなれば、180度以上開いた足の間で、べったりと床に臥すことも出来る。
これもしなやかな動きを必要とする、日本舞踊に明け暮れていた賜物だ。
ほかにも、うつ伏せから後方に反らした頭を、ひざで曲げた足で挟むことも出来るが、以前これをやって見せたときに、慎吾に「オットセイやっ!」と嬉しそうに叫ばれて以来、これは禁じ手としている。

体育館につくと、そこには先客がいた。
スリッパを片手に構える白雪君と、ふくれっつらの隼人だ。

「あっ、先輩方、すみません。すぐに終わらせますから!
ほらっ、君が午前中うろちょろするから、先輩方をお待たせしてしまうじゃありませんか! 早く早く!」
「痛えっ! いちいちスリッパで叩くな!」

察するに、午前中は1年生の計測だったのだろう。
隼人は直哉の追っかけをやっていて、自分の分を測り損ねたというところか。

とはいえ、残っている1年生はその二人だけ。3年生はそれぞれの計測に向かった。
私は興味深く二人を見守ることにした。はっきり言って順番待ちなど、私にはどうにでもなるのだ。

隼人と白雪君は、舞台脇の壁に向かった。そこには白いテープが床に平行に何本も貼ってある。
跳躍力を測定する垂直飛びだ。方法はいたって簡単。
指先にチョークの粉を付けて壁に沿って立ち、出来るだけ高く飛び、一番高いところで壁を叩いてくる。
後は壁際に立って手を上げる。その指先から、ジャンプしたときの指の跡を測れば、どれだけ飛んだのかが分かるという寸法だ。

「ちょっと待てって。」
「早くしてください!」

急かす白雪君を押しやって、隼人はなにやら紙を取り出した。それを眺めて一つ二つ頷き、おもむろに壁際に立った。

「隼人は何を見ているんです?」
「あ、国見先輩…。」

白雪君は近づいた私にちょっと驚いたように背筋を伸ばした。
「お兄さんの記録だそうです。彼…少しでもお兄さんに近づきたいって…。」
「おい、飛ぶぞ、白雪!」

隼人は苛立ったように声を上げた。
腕を後方に振り上げて膝の屈伸を繰り返すと、一拍置いて思い切り跳躍する。
私は思わず息を飲んだ。足腰のばねを十分生かしてきれいに伸び上がるさまは、確かに直哉そっくりだ。
壁がバンッと大きな音を立てた。隼人が思い切り叩いた壁は、それまでの1年生たちが付けた指跡のどれより抜きん出て高い位置にくっきり残っている。

「…凄いですね…。」
「ええ。…とても綺麗…。」
ポロリともらしたような白雪君の言葉に、私ははっとした。
白雪君が隼人を構いまくるのは…なるほど、そういうわけか。

「1メートル10!」
計測係がびっくりしたような声を出す。私も、隼人のジャンプが高いとは思ったけれども、そうまで凄い記録になっているとは思わなかったので、思わず舌を巻いた。

「うーん、やっぱり兄ちゃんにはかなわないや。」
隼人はけろりと言った。その顔がなんだか嬉しそうに緩んでいる。
直哉に負けて喜ぶなんて…筋金入りのブラコンめ…。
私は隼人が汗をぬぐうために放したその紙を覗いてみた。
左が直哉の記録で右が隼人の記録らしい。
どれもこれも僅差で負けている。隼人はそれがこの上なく嬉しいらしい。

「本気を出せば、隼人はもっと凄いのに。」
白雪君が誰に聞かせるでもなく呟く。隼人がこの記録を計算ずくで出しているのだとしたら、それはそれで凄い才能だろう。
隼人の弱点は、本当に直哉にぞっこんであるというところなのだな。

この弱点を、直哉から白雪君に変えることは出来ないものだろうか…。
私は、白雪君の真っ白な横顔を眺めながらそう思った。