| 2004年 5月 15日(土) |
慎吾の希望
夕べの閨でのことだ。
一戦終わった余韻の中で息を静めていると、慎吾が私の胸の上に頭をもたせかけて来た。
いつもそうやって慎吾は私に甘えるような仕草を見せる。
私は名残惜しげに指をさまよわせたり、赤ん坊みたいに吸いついてくる頭をなでてやるのが常なのだ。
いつものようにそっと私の胸を撫でていた慎吾が、少し真剣な声を出した。
「なあ、天音。ダイエット、行きすぎなんちゃう?」
「そんなことないでしょう? 後3キロは落とそうと思っていますが。」
今年の健康診断でショックを受けた私は、あれからダイエットに勤しんでいる。
もともとおばあさまの作られるお料理は、ヘルシーな和食がほとんどだし、私はほんの少しだけ努力と注意をすれば、簡単にカロリーダウンできる。
ダイエットをはじめてまだ一月足らずだが、3キロは落ちたはずだ。
「だってな、ここ、あばら浮いてんで。」
「いやな慎吾…。こうして横になってるからですよ。もともと私は細身なんですから。」
そう言うとすっかり黙ってしまった。
だからこの話はもうこれで終わったのだと思っていた。それなのに、不意に慎吾は妙なことを言い始めた。
「あんな、天音。どうしてもお相撲取りはいやか?」
「え…っ、本気なんですか!」
夕べ言っていた相撲取りになると言う話、あれは冗談ではなかったのか?
「スポーツはな、プロになれるやつでなきゃ、一生趣味どまりなんやで。
俺には球技は無理やろ。陸上や水泳でなんぼオリンピックに出ても、それが終わればただの人や。せいぜいCMに出るくらいが関の山。
弁の立つやつなら解説っちゅー手も有るかもしれないけど、それも無理。第一、オフシーズンどないするねん。
かといって、コーチなんてのも柄に合わないし…やっぱプロになって金を稼げなきゃ意味ない思うんや。」
「だからって、お相撲さんなんて…! 慎吾はあんな体脂肪率80パーセントみたいな体になりたいんですか?
もし慎吾がそんなことになったら私は……。」
「俺と別れる?」
いつになく真剣な声で、私は言いかけていたきつい言葉を飲み込んだ。
「天音は俺のどこが好きなん? 俺がぶくぶく太っておまけに禿げたら相手にしてくれないん?
俺、じいちゃん禿げやで。禿げは隔世遺伝するんや。後20年もしたら、俺もやばいかも。
そんでもって腹も腰もずいぶんだぶついているかも。無理して体重増やす努力しなくても、簡単にそれくらいにはなるんやで。
そしたら天音は、もう俺のことなんかだいきらいか?」
捨てられた子犬みたいな目をするな…。
私は困り果ててしまって、慎吾の頭をぎゅっと抱きしめた。
そっと目をつぶって、禿げて腹の出た慎吾を空想してみる。
大きな腹を揺すって、慎吾は変わらず豪快に笑うのだろうか。
私のほうを見ると、安心しきった優しい目をするのだろうか。
禿げてしまっても、衣装に無頓着なように、部分かつらなんて絶対使わないのだろうな。
はあ…、と私はため息をついた。
慎吾がどんなに変わり果てても、私は慎吾のいない生活なんて考えられない。
「私があなたの見かけに惑わされて、あなたと付き合っているとお思いですか?
たとえあなたがどんな姿でも、私はあなたが一番大事ですよ。」
「せやろ。俺もそや。」
慎吾は顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。
「ちょっとばかりふくよかな天音もええ。もちろんスマートな天音も大事やけど、俺はこんな短期間に体重3キロも落としちゃうような無理なダイエットしないで欲しいんだ。
祥太郎先生が怪我した時だって、なかなか治らないでセンセ、ひーひー言うとったやん。あれ、センセが細っこすぎて、体力ないからやで。
人間、ある程度余力は必要なんや。それが一見無駄になってる形で体についとるんや。
だから骨皮だけにしとったら、何かあったときに全然もたへんで。
だからたのむ! もうダイエットやめてんか! 一生のお願いや。
俺、天音のぷにぷにのお尻、可愛くて大好きなんや! こりこりしてるお尻なんて、触ってもおもろないんや!」
……………結局それか………。
「天音がダイエット止めてくれんのなら、俺は相撲部に入って、天音の分まで食べたる!
そうしてぶくぶく太ったる。それが嫌なら、今すぐダイエットを止めてくれ。後生や!」
最終的に拝み出す始末。私はナンともあきれてしまった。
だが、そんなに必死な面持ちで私にダイエットの中止を訴えかける慎吾はなんとも言えず可愛いし、お尻も…プニプニ程度なら…まあいいか。
「分かりました。」
静かに呟くと、慎吾がこの上なく嬉しそうな顔になった。
この機にもう一段上の、青柳のような肢体を目指していたのだが、考えてみれば慎吾が喜んでくれないのでは意味がない。
ちょっと慎吾に当てられた気がして今一つ面白くないのだが、それはまた別の所でサービスを返してもらおう。
そうして、約束を取り付けた慎吾は、俄然やる気になって目の色が変わってきて、私はその後いろいろ大変だった。
何が起きたかは…ご想像に任せよう。
私に言えることは…、二人で羽布団にもぐって一汗かくには、季節はもう暖かすぎるということだけだ。