2004年 5月 24日(月)

修学旅行前夜

明日から修学旅行。私は帰宅すると、真新しい鞄に荷物を詰め始めた。
宿泊先はホテルのツインだから、簡単な洗濯もできるはずだ。いざとなったらランドリーくらいあるだろうし。
だが、私としてはやはり、4泊5日もの旅行のあいだ、着たきりすずめではいられない。
妥協に妥協を重ねて、洋服を選んだ。それでもかなりの量になった。

次に、お肌のお手入れグッズを詰めた。
慎吾と同室なのだから、手は抜けない。
愛用のボディーソープと、シャンプー、コンディショナー。
基礎化粧品は、顔用とボディ用。もちろんフレグランスも忘れない。
持ち運びの便がいいように、小ビンに詰め替えてみたが、それでもかなりかさ張った。
専用のポーチに入れて持ち上げてみる。かなり重い。
ガシャガシャと不穏な音がする。クッションも入れなければ。

そうそう、忘れてはならない。私は繊細なのだ。愛用の枕も入れなくては。
枕が替わると眠れない。睡眠不足はお肌の大敵だ。
もちろん、眠るときだっておしゃれを忘れてはならない。私にはホテルのロゴが入りまくった洗いざらしの浴衣など、絶対似合わない。
お気に入りの寝巻きを入れる。このあいだ慎吾に誉めてもらったやつだ。

これだけでかなりの量だ。本当にこの旅行鞄に入るのか?

「若先生、お支度できましたか?」
お弟子さんたちが顔を覗かせた。私はちょっと困った顔をしていたかもしれない。
「なかなか荷物が大きくて…。」
「あら、私たちのお土産用のデジカメも持っていっていただかなくちゃだめですよ。」
それはいいが、なぜ3台も…?

「これは遠景用。これは接写用。それでこれはビデオです。
艶姿、たっぷり撮ってきてくださいね。」
そうか、舞妓の衣装を着るとなると、それようの和装類も持っていかないと…。
どうせ着るなら、私の体に合った一番よいものを着なくては。

京都観光用の資料も持っていかなくてはならないし、うかつ物の慎吾と一緒なのだから、救急セットも持っていきたいところだ…が。

到底だめだ。荷物が入りきらない。

私は部屋一面に広げた荷物の中で途方にくれていた。
小分けにして慎吾に持たせるにしても、これではリヤカーくらい引かなくては…。
困り果てていると、今度はおばあさまがいらした。

「天音さん、明日移動中に召し上がれるように、おかきを揚げましたのよ。これも持って…。」
「ああ、おばあさま、せっかくですけどもう荷物はこれ以上一個たりとも増やせません…。」
「荷物? これ全部持っていくつもりでしたの?」
おばあさまは呆れた顔をなさった。

「まったく、天音さんにはちょっと手をかけすぎました。男の方が、旅支度にこんな大荷物をお持ちになるものでない。」
「そんなことをおっしゃって、これでも絞ったのですよ…。」
私の情けない返事に、おばあさまはちょっと怒ったような顔をなさって、めったに入られない私の部屋へ入ってこられた。

「まず、枕なんて必要ありません。旅でつかれればぐっすり眠れます。お寝間も必要ない。」
ぽいぽいと枕と寝巻きを脇にのける。
「いまどき、旅先には石鹸類なんて必ずあります。こんな大きいボトルごと石鹸類を持っていく人はありません。」
ああっ、それでも小分けにしたのに…。
「お洋服もこんなに要りません。男の方はズボンの替えなど1本あれば十分。もしものことがあったらお買いなさい。どこでもジーンズぐらいは手に入るでしょう。同じ理由で、シャツ類もこんなに要りません。」
厳選した洋服が、あっという間に5分の1の量になってしまった…。

「さあ、だいぶすっきりした。これは?」
「これは…舞妓の扮装をするというので、一応私の体に合うものをと思って…。」
おばあさまは私の肌襦袢を手にとって少し考えている風だ。
「まあ…これはいいでしょう。綺麗な舞妓姿を楽しみにしていますよ。」
そそくさとそれを畳みなおして、おばあさまはそれを鞄の底のほうに入れられた。
おばあさま…それはあなたの趣味でしょう…。

「さあ、出来た。どうです、ちゃんと鞄に納まったでしょう? 旅馴れた者は、たとい長期間の旅行でもこんなものです。」
「はあ、でも、あの、おばあさま、…本当に私は枕が替わると寝つけないのですが…。」
むなしいのを承知でちょっと反抗してみた。
おばあさまは、眉を寄せると、すっとたちあがり、すぐに戻ってこられた。

「仕方がない、これを差し上げましょう。睡眠導入剤です。すぐに眠くなりますよ。」
「あの、これは…。」
「年をとると、眠れないことが多くなるの。私の秘蔵のお薬だけど、天音さんが寝不足で旅行じゃ可哀想だから…。」

薬を飲んでまで…と思ったが、もしかしてこれは他に使い道があるかも。
そうたとえば、…直哉が祥太郎先生の寝こみを襲うのに有効…とか。

私はおばあさまからありがたくお薬を拝借して、それをしまいこんだ。
だいぶ不満は残るが、これでようやく荷物の整理もついた。
明日は早い。まず慎吾と雪紀の荷物チェックと言う大役が残っている。
もう寝よう。明日以降が楽しみになってきた。