| 2004年 5月 25日(火) |
修学旅行1日目
朝から大忙しである。まずは可愛い咲良に頼まれた荷物検査だ。
生徒会室にはすでに役員のみんなが集まって、さらに目をうるうるさせた咲良が私を待っていた。
「あ、天音センパイ〜。」
涙目で見上げる咲良は、見れば必死に何かを庇っている様子。
背後にまわしているのは、いつも慎吾が遠征に行く時に持っていく大きなバッグと、見るからに怪しい袋。
「なんとか、分けさせることだけは成功したんですけど…。」
すると、あれがそういうおぞましい物が詰まった袋というわけだ。
「さっきから慎吾さんが今にも雪紀さんに自慢しそうで、俺、この場を離れられないんですう〜。」
やれやれ。私は咲良に見張りをお願いして、そっとその袋を開けてみた。
中身は咲良の言っていた通りの、目の回るような品々。することは一つだと思うのだが、なんとも様々な形状がある物だ。だが、その中に、房に分かれた鞭と、黒い皮の拘束具がある。これは一体…。しかも、この拘束具、サイズから行って…私に?
「慎吾。ちょっといらっしゃい。」
尖った声で慎吾を呼ぶと、私の剣幕ですべてを察したのか、慎吾が首を竦めながらやってきた。
「これは一体なんです? こんなもの、旅先にまで持っていって、何をしようとしているんですか?」
「ああっ、だって、せっかくの密着5日間やないの! 思い出に残る熱い夜を! 可愛く乱れる天音を脳裏に刻みたかったんや!」
「私が枕が変わるだけでも眠れないのは良く知っているでしょう? そんなところでさらにこんな物を持ち出されて、私が集中できるとでも思っているんですか?」
「そこはそれ、俺の大きな愛の力で…。」
愛の力が聞いて呆れる。こんな変態じみた物を集めておいて。
しかし私としては、可愛い咲良を泣かせたままではいられない。
「慎吾、何も旅先でなくてもいいじゃありませんか。私も…本当を言うと、興味がないわけじゃありません。帰ってきたら家でゆっくり楽しみましょうよ。」
わざと声を掠れさせて、慎吾の耳元に囁く。もうそれだけで、慎吾の鼻息が5割増になった。
「あなたの匂いの染み付いたお布団でなら、あなたが思うままに…乱れてみせますよ。」
「ほ、ほんなら今夜から…。」
「でも、もし私の言うことを聞いてくれないなら、私は宿を別に取ることにします。」
この言葉は嘘ではない。京都には知り合いも多いし、いざとなったら華道会館でもどこでも、行くところはいくらでもあるのだ。そう囁くと、慎吾の顔色が変わった。
「さあ、そうと決まったら、その怪しげな物を寮においてきなさい。
ほら、時間がありませんよ。 ダッシュ!」
「や、約束やで!」
慎吾は慌ててバックを持って駆け出していった。
あのいきおいでは、雪紀や直哉に吹聴するのは目に見えている。とりあえず咲良への義理の一部は果たせるだろう。
それに興味がないというのはまんざら嘘ではない。帰ったら、たっぷり慎吾のリクエストに答えることにしよう。
ただし、その場合、当然私が女王様だ。
さて、次は雪紀か。私が雪紀を探すと、彼の方から私の方に寄ってきた。何か話があるらしい。
「天音、生徒会HPの予定表差し替えたの、お前だろう。勝手なことするなよ。」
「勝手にあんな公言をしたのはあなたでしょう。私はみんなで楽しむ旅行を、余計なお供付きにしたくないんです。」
それに、食い倒れで暴れる姿だの、舞妓さんに扮した姿を見られるのははなはだ面白くない。雪紀はきっと自分がフリーになるために、私のファンを呼び寄せたつもりかもしれない。そうは問屋が卸さないのだ。
「それはそうと、あなたの荷物の中、煙草だらけなんですって?」
「そうだ。何が悪い?」
開き直るだけ、慎吾より可愛くない。
「ま、いいですけど、言っときますけど、行き帰りの足はもちろん、ホテルも完全禁煙制ですよ。まさか取り澄ました生徒会長様が、みんなの目前で喫煙って訳には行きませんよね。特にあなたの狙ってる個室は、煙センサーが強烈で、煙草ぐらいでもスプリンクラーが働くようですよ。」
まあこれははったりだが、これくらい言ってもいいだろう。直接はこの目で見張るし。
私は期待に満ちた目で私たちを見つめている咲良を意識して、少し声を潜めた。
「それにそんな煙草、どこでだって買えるでしょう。何もカートンで持っていくことはないじゃないですか。
あなたがその荷物を減らせば、咲良は輝く笑顔で送ってくれますよ。咲良を泣かせてまでそんな物に固執することはないでしょうに。」
「ちっ。わかったよ。うるさい奴だな。」
雪紀は渋い顔で荷物を広げ始めた。
なんだかんだ言っても、結局咲良には甘いのだ、雪紀は。
やれやれ、てこずらせてくれて。おかげで私は朝だけで旅行気分を満喫してしまった。
行きの新幹線では、グリーンへ遠征していった慎吾が、なんとか言うコメディアンを見つけて大騒ぎをしてしかられると言う事件があったが、私には関係ない。
そんなもの見たって、楽しくもないのだ。
午後1番で京都について、早速班ごとに散会した。
私たちは、なんとかくっついてくる親衛隊だのお取巻き衆だのを巻いて、路線バスで金閣寺へ行った。
実は、そこにはおばあさまのこねがあるのだ。
金閣寺と言えども、寺であるからには檀家がいる。
おばあさまの昔からのご友人が、その檀家総代をやっていらっしゃるのだ。
私たちはその方を頼って、直接金閣寺のお坊さんを尋ねた。
人のよさそうなそのお坊さんは、特別ですよとおっしゃって、金閣寺の天守閣とも言える最上階の間を見せてくださった。
金閣寺は、何も建物の外壁が金色だから金閣寺というだけではない。
その最上階には、金箔を敷き詰めた一室があるのだ。
繊細な金箔張りの部屋は、些細な刺激でもその威容を損ねると言う。
全面の金箔が、まるで鏡面のようにあたりを映し出し、さながら宇宙に放り出されたような感覚を覚えさせる。
もちろん、恐れ多くて踏みしだく気などにはなれなかった。
「凄い…、こんなのを実際に見られるなんて…、おばあさまに感謝しなくっちゃ。」
感激屋の祥太郎先生は、大きく見開いた目をうるうるさせている。
「おばあさまに、お土産たっぷり買っていかなくっちゃね。」
「ご心配なく。お気使いは無用です。」
なんと言っても、明後日にはおばあさまの趣味の女装をさせられるのだ。
だが、今のところは伏せておいたほうがいいだろうな。
美味しいお茶を頂いて、私たちは宿泊先のホテルへ帰った。
今晩慎吾をなだめるのが大変そうだ。