2004年 5月 26日(水)

修学旅行2日目

今日は慎吾お奨めの大阪へ行った。
大阪は楽しい町だが、観光スポットと言うものに乏しい気がする。
とりあえず後日のレポートの為に大阪城は見に行ったが、城らしいのは外観だけで、中身はコンクリート詰のそっけなさ。
資料の展示はどこも似通ったものだし、天守閣からの景観がよいとも言えない。
なので、我々はおもに食い倒れに焦点をあてた。

慎吾に案内をさせると、どんどん細い道に入っていった。
「観光案内にのってるような店は、地元のやつは誰も行かへんで! こう言う油でギトギトしてるような店がいっちゃん美味いんや!」
たしかに美味しかった。ビニール張りの椅子がぎらついていて、座るのにだいぶ躊躇したが。
だが、やっぱり慎吾のお奨めなんか行くもんじゃなかったと私は後悔しきりだ。
お好みのにおいが体中にしみついて…たまらない感じだ。

とはいえ、今日の醍醐味はそこではない。
大阪は慎吾のリクエストだから入れたが、本当はどこでもよかったのだ。
私のねらいは、今晩…昨日だけは教員用の部屋で休んだ祥太郎先生と直哉のやり取りだ。


大阪で遊び倒し、最後に予告どおり道頓堀川へ飛び込んだ慎吾を回収するのに手間取って、私たちのホテルへの帰りはずいぶん遅くなってしまった。
私は部屋に帰り着くと、真っ先に慎吾をバスルームへ押し込んだ。
道頓堀川は決して綺麗な川ではない。有名な橋の上から眺めても、水面の汚さが分かるくらいだ。
そんなところに飛び込んだ慎吾からは、ドブの匂いがする…。
大阪でガススタンドの水道を借りてジャージャー流してきたが、到底それでは間に合わなくて、私たちは電車の中で肩身の狭い思いをしたのだ。

「綺麗に洗うまで出てきてはいけません!」
「えー、せっかくのホテルナイトなのに〜!」
泣き言を言う慎吾を無視して、私は慎吾と二人の部屋から出た。
私までドブ臭くなってしまう。

見ると、ホテルのフロントで何か用を足していた雪紀たちがちょうど上がってきたところだ。
直哉は今から緊張した顔をしている。傍に祥太郎先生がいるのだ。
これから二人きりの夜を、どう過ごそうかと画策しているのに違いない。

「それじゃあ、明日は少しゆっくり出発で。集合は9時ですから。」
「うん、分かった。お休み。」
祥太郎先生が無邪気な仕草で手を振る。
おや。私は気がついた。
雪紀が祥太郎先生の荷物に何か押し込んでいる。

「雪紀。今、祥太郎先生の荷物に何を入れたんです?」
「見てたのか、目が早いやつだな。」
そう言うあなたは手が早いでしょうに。

「ほら、これ、このあいだ秋葉原で買ったんだ。」
見ると、高性能盗聴機の受信機だ。
「俺って友達思いだろう。心配でしょうがないのさ。」
「なんて悪趣味な。こんなものを直哉に知られたら大変ですよ。」
「だから祥太郎先生に持たせたんだ。聞きたくないんならくちばし挟むなよ。」
「聞くに決まってるじゃありませんか。」
こんな面白そうなことに無関心でいられない

しばらくがさがさ言っていた機械は、やがて鮮明に音を捕らえ出した。
二人分の足音と、たわいない会話が聞こえる。ごそっという音は、先生が荷物を下ろした音だろうか。
『いっぱい食べたねえ、桜庭君凄いねえ、お好み4枚も食べるなんてさ。』
うん、感度良好。

『教師用の部屋はシングルだったから淋しかったよ。夜には夜の楽しみがあるしね。』
『祥先生…。』
『あ、ベッド大きいね。これじゃ二ついらないかも。一つのベッドで十分二人寝れるよね。』
どきり。祥太郎先生はいつも直接核心に触れる。

『先生、あの…。』
『何遠慮してるの。楽しまなきゃ。』
『俺、先生がいいなら、その………へぶっ!』
へぶ?
私は思わず間近の雪紀の顔を見上げた。雪紀も分からないと言いたげに首を振る。

マイクの向こうはまだ音が続いている。
ばふばふばふっと3回続いて音がして、がたがたと大きな音がした。直哉の声が近づいてくる。どうやら場所を移動したらしい。

『やめてください! ほこりが立ってしょうがない!』
『何言ってるの! 修学旅行と言えば枕なげでしょう。』
『いまどき…中学生だってしません! そんなこと!』
『えー、そうなのー? 僕学生のころは瓜生に止められたから、ものすごく楽しみにしてたのに…。』

雪紀の肩ががっくり垂れた。きっと私も同じだろう。

『ちぇー、いいや、それじゃあさあ…。』
なんだ? 急に祥太郎先生の声が押し殺された。
『もっとこっち来てよ。こっち。このベッドに。』

おっ! なんだか場が急展開している!
『ここ、このベッドに乗って。本当はさあ、お互い脱ぐともっと感じが出るんだけど…。』
なに! 脱ぐ? 雪紀がぐぐっと顔を寄せてくる。私たちは小さなスピーカーに頬を寄せ合うようにして聞き入った。

『祥先生…。』
『直哉君、やっぱりたくましいよね。胸なんか綺麗に筋肉入ってる。』
『あっ、先生…。』
『だめだよ。まだ手はこっち。』

二人分の重量を受けとめているのだろうか。ベッドがひっきりなしにみしみしいっている。
直哉が小さく喘ぐ声が途切れ途切れに聞こえてくる。

『ああっ、先生、そんなこと…。』
『ここをこうした方が…効くんだから。』
『も、もう、俺…。』
『まだだよ。僕全然気持ちよくないもん。』

私は思わず息を呑んだ。雪紀もすっかり真剣な顔になっている。
これは…どうやら直哉の悲願はやっと達成できたのだろうか!
こうなったら最後まで暖かく見届けてやるのが友情と言うものだろう。

『まだ降参しないの…? もう早くイっちゃいなよ。』
『あっ、あっ、だけど…、くっ…。』
『もうそろそろ僕も…限界…。』

い、意外にも…直哉が責められている? 
私たちが頬を染めて息を呑んだ次の瞬間!

『だあああっ! ギブ! ギブ! 痛たたたたたっ!』
『やあったあ! 直哉君に勝ったぁ!』
は? 勝つ? ギブ? これはもしかして…。

『へへえ、直哉君もしかして接近戦弱い? プロレスなら僕も勝てるんだ〜。』
『ふ、不意打ちとは卑怯な…。』
『だって体格差あるもん。ハンデだよ、ハンデ。あー、楽しかった♪』

プロレス…。
私の頭上で雪紀が乾いた笑い声を上げる。
…もはや笑うしかないな…。

『プロレスも…今どきの学生はしません…。』
『そうなの〜? つまんないんだねえ、いまどきの学生って…。
じゃあもう僕寝るね。シャワーは明日浴びようっと。
おやすみ〜。』

そしてしばらくもぞもぞ言っていたかと思うと、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
………必殺お休み3秒…。

私たちは顔を上げてため息をついた。
スピーカーが啜り泣きみたいな声を拾っている気がするが…聞かなかったことにしよう。せめてもの武士の情けだ。

こうして今日の私のお楽しみは、空振りに終わった。