2004年 5月 27日(木)

修学旅行3日目

今日は京都散策だ。とにかく予定にはそう書いてある。
もう早朝から慎吾がわくわくしている。
そう、今日は舞妓さん体験ツアーの日なのだ。

予定には、2年坂付近散策とだけ書いて提出しておいたから、私と慎吾以外はいたってのんきな顔をしていた。
私は覚悟を決めたのだ。
プランの予約を入れてくれたお弟子さんによると、そのプランの内容は、衣装の着付けと付近の散策50分だそうである。
50分も衆人のもとに舞妓さん姿を晒すとなれば、もうこれは私の一番綺麗な姿を知らしめるしかないではないか。
と言うわけで、私のお肌は今日もピカピカである。

店の前に立って初めて、雪紀と直哉が不思議そうな顔をした。
「舞妓体験…? 物好きな…。」
「せや! 天音の舞妓さん姿なんて、よだれが出そうやろ!」
「…好きにしてくれ。俺たちはその辺で待ってるから…。」
「何言うてんねや。みんなするんやで。ちゃんと5人分予約とったった。」
店内のボードには慎吾の言うとおり、桜庭様他4名様と書いてある。
「………はい?」
雪紀と直哉は、そこではじめて自分たちの置かれた状況に思い至ったようだ。

襟足にまで塗られる水おしろいの刷毛がこそばゆい。私は少し首をすくめて、メイク係りの女性に怒られてしまう。
それにしても、あのお弟子さんは一体どう言う予約をしたのだろう。
店の人たちは、私たち男子が首を5人そろえて店に入っていっても、ちっとも動じなかった。
ちょっと前まで別室で支度をしている雪紀と直哉が何かわめいているのが聞こえていたが、それも静かになった。
また別の部屋で支度をしている慎吾は、アレがいいとか叫んでいたな。どんな姿になってくるやら。ちょっと怖いな。
メイクさんが私の目じりに朱を乗せる。
うーん、凄いほど似合うな。

ようやく着付けがすみ、重いかつらを乗せて出てくると、雪紀と直哉はすでにすっかり出来あがって私たちを待っていた。
どうやら彼らは舞妓さんになるのを拒むのに成功したらしい。
ただそれは…新撰組か?
そっちの方がよっぽど恥ずかしいと思うのは…私だけか?

「天音…、似合いすぎて怖いぞ。」
「…なんとでもおっしゃい。」
そう、私はとにかくおばあさまさえ満足していただければいいのだ。

「あっ、もうみんな出来たの? 凄い! 国見君ものすごく綺麗!」
祥太郎先生が身軽にやってきた。
真っ赤な着物とストレートの黒髪のヅラは、先生にとてもよく似合うが、何か私とは違う。
「…どうして国見君が舞妓さんで、僕は禿なのさ。」
そう、先生の衣装は…童女のそれである。しかし、童顔の先生にはこれ以上ないくらいによく似合う。
時代考証無茶苦茶だが…とにかく的確な人選ではある。

「やー! みんな、おまたせー!」
元気に叫ぶ慎吾を見て、私は倒れそうになった。
慎吾の衣装は、よりにも寄って、花魁だった。
高く結ったヅラに何本もの簪をさし、重そうな着物と高いぽっくりで、慎吾はふうふう喘いでいる。
「重い!重いでーこの衣装! 昔の女の人は大変やったんやなー!」
女郎の…特に花魁の衣装は、権威を象徴するためだけでなく、脱走防止の為に重いのだと聞いたことがある。
慎吾…それは重くて当然だ。
しかし、ぽっくりも入れて身長2メートル超の花魁…迫力ありすぎて怖い…。

その後一部いやいやながら、私たちは2年坂とねねの道あたりを散策に出かけた。
私と祥太郎先生の傍には、観光客が群がって写真を撮りまくっている。
雪紀と直哉も、若い女の子に人気があるようだ。黄色い声が二人を取巻いている。
慎吾は…まあ受けているようだし、それが本人の希望でもあるのだから…いいのだろうな、きっと…。

運のいいことに、うちの学校の生徒とはまったく行き会わなかった。
慎吾は多いに不満のようだが、私は心底ほっとした。


「ああ、面白かった。本当、綺麗だったねえ、国見君の舞妓さん。」
「先生の禿も可愛かったですよ。」
直哉がでれでれと鼻の下を伸ばしている。
直哉には今日の仮装大会は収穫だったんだろうな。
それにしても、アレを面白かったといえるあたり、先生はやっぱり大人かもしれない。

夕食を終え、各自の部屋に戻るころには、私はもうすっかりくたくただった。
和装は慣れているとはいえ、あんなヅラは重くて、私の細首には負担なのだ。
だからもう後は寝るだけだ。慎吾も比較的おとなしい。あんな格好をしたから疲れてしまったのだな。

慎吾が私たちの部屋に入り、私は雪紀が持っている資料を貸してもらおうと、雪紀の部屋までついていった。
私たちの部屋は並んでいて、手前から私たち、直哉たち、雪紀となっている。
直哉が部屋に引っ込んで、ついていくかと思った祥太郎先生が、不意に振り返った。

「あ、そうそう、住園君にこれ、返しておかなくっちゃ。」
先生はなんだか意味ありげに笑った。
いつも持っているバッグから何かをつまみ出す。
指先に挟んだそれを、雪紀の襟元に押し込んだ。

………昨日雪紀が先生の荷物に忍ばせた盗聴機?
え? いつからこれの存在に気付いていたんだろう?
もしかして、最初から?

「おいたもほどほどにして。邪魔しないでね。」
あれっ???

そうして唖然とする私と雪紀を残して、直哉と祥太郎先生の扉はきっちり閉められた。