| 2004年 6月 10日(木) |
チャイルディッシュ…
私は生徒会の仕事は道楽でやっている。そうでなければ、こんな面倒くさいことを自らひきうけたりするものか。
生徒会に行けば、気の合う仲間と、自由を確約された空間、それにかわいい子犬たちもいる。
だから私は生徒会室に行くのは楽しみなのだ。
だが、今日はどうしても気が重い。
ずっしりと重石をつけたような肩を引きずって生徒会室前までやってくると、中から黄色い悲鳴が聞こえる。
一瞬、回れ右しようかと思った私だったが、責任の一端は私にもある気がして、仕方なくドアをあけた。
そこには、私の思った通りの光景が繰り広げられていた。
話は昨日までさかのぼる。
子犬たちに放送をかけてもらうと、あにはからんや、慎吾はいそいそとやってきた。
後ろからなぜか祥太郎先生と直哉もくっついてくる。
慎吾はけろりんとした顔で、私の方を見てにっこり笑った。
「天音! なんやの、わざわざ放送で呼び出しって? 俺、祥太郎先生とプール開きの打ち合わせしとったんやけど。」
プール開き…もうそんな季節か。
まあそれはおいといて。
「慎吾。これはなんです。」
「うわ、こっわい顔やで! 別嬪さんが台無しや。」
そう言いながらもへらへらと笑うと、私が指差す方を見た。そして不思議そうな顔をする。
「ザリ子たちやないの? それがどうかした?」
「ザリ子たちって…それ、嫌がらせのつもりでしょう?」
「なに言うてんの? かわいいから、ここで飼おう思て持ってきたんやで。」
「うっわ────────!!!」
慎吾の背後から歓声が上がる。………嫌な予感がする。
「ザリガニだ! うわー、懐かしい! 昔よく瓜生と捕りに行ったよ! スルメとかで釣れるんだ!
すごぉい! 桜庭君、これ全部君が捕ったの?」
「せや! 大漁やろ!」
まずい………! 祥太郎先生が目をきらきらさせている。
誰よりチャイルディッシュなのは、この先生だということを忘れていた…。
「凄いねえ! あ、でも、こんな山盛り状態じゃかわいそうだよ。
水槽は5つくらいに分けなくちゃ。」
「せやな、ちょっと人口密度高い思ててん。」
アメリカザリガニ満載の水槽が、この部屋に5つ………!
考えただけで気絶しそうな光景だ。
私が顔色をなくしているのにもかかわらず、先生は背伸びしてわしわしと両手にザリガニを1匹ずつ掴んだ。
「ひゃー! この、はさみでいやーんって脇を挟む感触がなんとも〜!」
だめだ…もうすっかり喜んでしまっている…。
「せ…先生、ここで飼うのは…その…。衛生的にもどうかと思いますし…。」
「何言ってるの、赤ん坊じゃあるまいし、これくらいの雑菌どってことないよ!」
…恐らくこの生徒会室で一番虚弱な先生がそう言うのなら…そう言うことなのだろうな…。
そこへタイミング悪く咲良と瑞樹が帰ってきた。
二人は私が慎吾をとっちめてくれると期待して帰ってきたはずだ。
だが、二人を出迎えたのは、強烈な祥太郎先生の洗礼だった。
「ほらっ、二人とも、バルタン星人〜!」
「きゃ───!」
「いや───!」
両手でザリガニを振りかざして、祥太郎先生が子犬たちに迫る。子犬たちは血相を変えて逃げる。
……この場合情けないのは、チャイルディッシュに過ぎる祥太郎先生か、ザリガニごときで逃げ惑う子犬たちか…。
…でも私も、逃げてしまうな…。
「直哉君、購買部にスルメなんかあるかなあ。買ってきて欲しいんだけど。」
「分かりました。行ってまいります。」
祥太郎先生の忠実な僕たる直哉だ。よもやザリガニを処分するなどとは言い出すまい。
それに、やつはザリガニなんて…へっちゃらのようだ。
そこへ、やっと雪紀がやってきた。まだ両手にザリガニを持っている祥太郎先生と、水槽を探しにあわただしく出ていった慎吾と、壁際でぷるぷるしている子犬たちを等分に見る。
「これは一体、なんの騒ぎだ。」
「慎吾が…ザリガニを…。」
「凄いでしょ! みんなで仲良く飼おうね!」
雪紀は口をへの字に曲げて、ほんの少しだけいぶかしそうな顔をした。
なんとも癪だが、私は思わず雪紀に期待してしまう。生徒会長の雪紀は、この部屋の主であるはずだ。
雪紀の鶴の一声で、きっとザリガニどもはもといた池に返されるに違いない。
だが、かすかな希望はあっけなく砕かれた。
「ちゃんと世話してくださいよ。」
「は─────い!」
祥太郎先生は幼稚園児のような無邪気な返事をして、ニコニコとザリガニを差し上げた。
こうして、この部屋でザリガニを飼育することが……………決まってしまったのだ………。
扉を開けると案の定な光景。祥太郎先生が両手にザリガニを翳して、咲良と瑞樹を追いまわしている。
「どうして逃げるの! こんなにかわいいのに!」
「おっ、俺たちはそんなのかわいくありません!」
「気持ち悪いからっ、早くしまってください!」
「なんだよう、男の子なのに、意気地がないなあ。ねえ、ザリ吉、ザリ太。」
………名前が増えている…。
こうして生徒会室は、生臭い部屋と変貌してしまったのだ。