| 2004年 6月 19日(土) |
プール開き
通常なら土曜日で休日だが、今日に限っては学校があった。
とは言っても授業ではない。プール開きだ。
ここ数日梅雨とは思えない快晴で、今日も日光がさんさんと降り注いでいる。
私は日焼け止めローションをしっかりと握り締めてプール開きに臨んだ。
もちろん私の白磁の肌は、すぐに黒くなったりしないが、念には念を入れるのだ。
プール開きとは言え、我が校のプール開きはちょっとしたお祭りだ。
教師の退屈な注意等はすぐ終わり、続いて模範競技と名をつけたショーが始まる。
慎吾はもちろん、今年も雪紀と直哉も出るらしい。
私もそこそこ泳げるが、今年も記録係のポジションを確保した。
面倒な仕事だが、それだけが唯一、パラソルの下での仕事なのだ。
そして、みんなが楽しみにしている裏レセプションもある。
毎年、その年のかわいい新入生ナンバー1を決定する行事である。
そう、白鳳マーメイドだ。
一昨年は私がそれに選ばれた。
幼稚舎から持ちあがりの私は、もちろんそれの存在を知っていて、それに選ばれるのが私を置いて他にないということも知っていた。
だが、私を担ぎ上げてプールにぶち込む蛮行がまかり通るとは知らなかった。
ちょっと睨めば、たいていは誰でも尻尾を巻いて逃げ出したのに…。
こうして私は、荒っぽい洗礼を受けた。
去年の祥太郎先生はもっと悲惨だった。
もともと教師がこんな行事に選ばれるはずもない。候補の咲良と瑞樹がそろってフケタので、とばっちりが先生に回ってきたのだ。
何にも知らない先生は身構える暇もなく、着衣のままプールにぶち込まれて、見事に風邪をひいたのだった。
今年は誰が選ばれるか。下馬評では圧倒的に一人の生徒が人気ありと噂されている。
裏レセプションはまったく裏で、生徒会役員と言えどもその進行には口を挟めない。
模範競技の背泳が終わったころ突然スピーカーがファンファーレを奏でた。白鳳マーメイド発表会が始まったのだ。
「今年の栄えある白鳳マーメイドは………高見 白雪君!」
やっぱり。私は机に肘を着いて進行をじっくり見守った。
………今年の実行委員はいやにマッチョが多いようだな。
1年生の列が乱れて、マッチョぞろいの実行委員が一人の生徒を押し出す。
白雪君は呆然とした表情で、自分を取り囲むマッチョたちを見上げている。
彼も転入組だったな。これから何が起こるのか、まったくわからないだろう。
白鳳マーメイドに選ばれると何が起こるかと言うと、たいして何も起こらない。
現場では花を贈られて、プールにぶち込まれるが、だからと言ってその後何か特典がつくわけでも、商品があるわけでもない。
ただ、ささやきかわされたり、ほんの少し恋文の量が多くなったりする程度だ。
だから教師たちも見て見ぬ振りだし、上級生たちも後腐れないお遊びとして楽しみにしているのだ。
だが、今回は番狂わせだった。
最初っから手足を突っぱねて拒絶気味だった白雪君は、手足をつかまれ、プールに投げ込まれる段になると猛烈に暴れ出したのだ。
一人蹴り飛ばし、もう一人に頭突きを食らわせて、なんとか掴まれた手を振り解こうとした。
しかし、実行委員たちはムキになった。ああいう学生たちにとって、伝統を閉ざすことは罪なのだ。
だからますます白雪君の扱いが乱暴になる。さすがに乱暴に過ぎて雪紀と直哉が止めようかと近づきかけたころ。
甲高い悲鳴が走った。
衆人監視の輪の中で、白雪君が胸のあたりまで真っ赤に染めてうずくまっていた。
「あっ…、ごめ…。」
うろたえた実行委員の一人が持っているのは、おなじみの紺の水泳パンツ…。
なんということか。実行委員は暴れる白雪君を押さえつけようとして、力余って唯一の衣類であるそのパンツを毟り取ってしまったのだ。
白雪君は、プールサイドで小さくしゃがみこんで首をプルプル振る以外は何にも出来なくなってしまった。
ここは男子校だ。もちろん男子の目しかない。
それでも、こんな大勢の目に全裸を晒すなど、ひどい屈辱には違いない。
「ひ…酷い。」
一緒に書記の仕事をしていた瑞樹が声を震わせて言う。
「て…撤収、撤収かけてくださいよう、天音さん…。」
「今、雪紀と直哉が向かってますから。」
そう私たちに出来ることは少ない。
ここから全員に知れ渡るような大声で叫べば、何が起こっているか関心なく、ほかのプールで遊んでいた別の奴らまで呼び寄せてしまうはずなのだ。
だが、人ゴミを掻き分けてくる雪紀と直哉がたどりつく前に、もうひと騒ぎあった。
所在なげにプールサイドに立っていた実行委員の一人がいきなりプールに飛びこんだ…いや、蹴落とされたのだ。
「馬鹿やろうども! 見るんじゃねえよ! こいつの立場に立ってみてやれよ、覗かれて嬉しいわけないだろが!」
凛とした声が響き渡った。隼人だ!
隼人は白雪君に持ってきたバスタオルを投げ渡した。白雪君はやっとほっとした顔でタオルを巻きつけるとたちあがった。目がきらきらと怒りに燃えている。
「俺の水泳パンツ…返してください。」
「返してやれよ。オラァ!」
隼人は勢いよく水着をひったくると白雪君に投げ渡し、ついでに実行委員をけり落とした。
3人目がけり落されたのを見て、実行委員は顔色を変えた。
どうやら隼人は、実行委員をすべてプールに叩き込むつもりらしい。
実行委員の横暴に怒った生徒たちが、次第に隼人に加勢を始めている。
ふーん…、意外とアレで人気があるんだな、直哉の台風小僧は。
こうして今年の裏レセプションは、例年にない形で終わった。
すべての行事を終えてプール開きをおしまいにして各々の教室で散会。
その後生徒会室まで行ってみると、隼人が大奮闘の真っ最中だった。
「なんであんなふざけた行事毎年通してるんです! 雪紀さん、生徒会長としての責任はどうなんです!」
白雪君を公衆の面前で素っ裸に剥いちゃったことがどうにも腹に据えかねるようだ。
「それに朝井! 教師だなんだってあんな半端野郎、荷が重いんじゃないんですか!」
怒りの矛先が微妙にずれている。どうやら隼人の怒りの真のわけは、このあたりにありそうだ。
「俺は断固抗議する! あんなちび、いつまでも兄ちゃんの脇に引っ付いてもらっちゃ困る!
リコールだ! 生徒会が解散するか、朝井が顧問を降りるかどっちか決めてください!」
………おいおい。
一難さってまた一難…。
隼人の小うるさい行動を押さえるには、どうしたらよいのだろうか。