| 2004年 6月 26日(土) |
雪紀とのかけひき
珍しく、慎吾が死に物狂いになって勉強している。
私は傍であれこれ指導しながら髪を掻き揚げた。
せっかく縛ってちょうどいい長さに伸びたのに、夏場に向けてこの長さは酷く暑苦しいし鬱陶しい。
ポニーテールにするには長さが足りないし…などと思っていると、必死に英語を呟いていた慎吾が、真剣な目を上げた。
「天音! 必ず俺がぐうの音も出ないように敵を打ったるからな。」
「はいはい、期待してますよ。それにはまず、期末試験全部合格点クリアーしないといけませんね。」
慎吾は普段の彼には見られない真剣な表情で頷いた。
「まかしとき! 俺だってやるときはやるんや。だから、雪紀にアレ…。よろしゅう頼むで。」
いつもの楽しい慎吾も大好きだが、こんなに真剣な慎吾にも見とれてしまう。
私は携帯を取り上げると、雪紀にダイヤルした。繋がらない。
がっかりすることはない。続けて咲良にダイヤルすると、こちらはちゃんと繋がる。
「はい、天音さん。」
「そこに雪紀がいるでしょう。」
「は………はい。」
びくっと竦んだ声で、咲良はおずおずと返事をする。
雪紀が捕まらなければ咲良を探せばいいというのは、分かり安すぎて笑えるほどだな。
やがて電話に出た雪紀は、面白くなさそうな声を出していた。
「ああ、雪紀、昨日は映画をありがとうございました。とても面白かったですよ。」
「そんなことぐらいでわざわざ呼び出したわけじゃないだろう?」
「ええ、お願いがあるんですけど。」
雪紀のやつ…、私にあそこまでさせておいて、映画1本くらいで綺麗に清算がついたとでも思っているのだろうか。
「試験が終わったら、一日体育館を確保しておいてもらいたいんです。
もう、夏休みのクラブ活動の予定も出揃っているでしょうけど、生徒会長さまのお力でなんとかできませんか?」
「それは…できないことはないが、何をやらかすつもりだ?」
「至極健全なことですよ。球技大会をやりたいんです。」
「…球技大会…?」
雪紀の声が鈍る。
携帯にくっついて話を聞いていたのか、咲良がやりたいと元気に声を上げているのが聞こえる。
しめしめ。咲良のおねだりがあれば、百人力だな。
「正確に言えば、生徒会と…いえ、慎吾が隼人との決着をつけたいと言っているんです。」
「なんで生徒会なんだ! 俺は嫌だぞ! そんな暑苦しいこと!」
『えー、俺やりたいよう! 俺だってやられっぱなしじゃやだ!』
咲良の声がもれ聞こえてくる。鬼に金棒だな。
「そうですか…、あなたの協力が得られないのであれば、仕方ない、グラウンドでサッカーでもやりますか。
炎天下でのサッカーは…厳しいでしょうねえ。咲良はともかく、瑞樹や祥太郎先生は、最後までもつかどうか…。」
「…なんで瑞樹や祥太郎先生が…。」
「咲良がやってくれるのに、あの二人がおとなしくしているわけはないでしょう?
特に祥太郎先生はアレで以外と出たがりですからねえ。
病人が出ると…また前田先生が喜んじゃいますねえ…。」
「………分かった、分かったよ。何とかする。」
「そうですか! 当然競技にも参加してくれますね!」
「そこまで期待するな!」
「だって会長様のご威光で場所確保するのですもの。」
私はちょっと舌なめずりした。
「当然隼人は、あなたが敵に回ったと理解しますよ。」
受話器の向こうが静かになった。ややあって、舌打ちする音がする。
「仕方ないな。咲良が喜ぶからだ。おまえらのためにじゃないからな。」
「それで十分ですよ。」
「だが、何をやるつもりだ? こっちはフルに使っても7人。あっちは恐らく白雪君も混ぜた二人だけだぞ。」
「そうですね、バスケ…、3人同士ぐらいでやるやつがありますね、3オン3と言いましたか?
それだったらあの二人とこっちから一人提供すれば面白いゲームができるでしょう?
それから…バドミントンなんかも軽くていいですね。
後はバレーボールですか? ビーチバレー形式にすれば、人数は考えなくていいでしょう?」
「おまえそれ…、俺たちは交代ですればいいとして、隼人一人にそんなに何種類もやらせる気か?
いくら体育館には冷房が入るとはいえ、それはちょっと…。」
「おや、生徒会長様はお優しいこと。
慎吾は…特に私は容赦しませんよ。私たちにあんな大きな口を利いたんです。」
受話器の向こうがますますしんっとなった。
「私たちのメンバーには運動の苦手な瑞樹や祥太郎先生も混ざります。
隼人は当然受けてたつでしょう? 女みたいなオカマ野郎たちには負けられませんよね。」
『天音さん…こ、怖いよう…。』
『しっ! あいつを怒らせるな。こっちにまでとばっちりが来るぞ!』
…聞こえてますよ、二人とも。
「ま、それもこれも、すべて試験が終わってからのこと。
当然追試なんかになればそんなのんきなことはやっていられませんし。
とにかく場所と時間だけは押さえておいてください。私は試験に向けて慎吾を鍛えます。」
「わ……わかった。」
なんとなく弱々しく切れた携帯を置いた。
ふと顔を上げると、慎吾が勉強の手を止めて、私を尊敬のまなざしで見上げている。
「天音…なんや、かっこえーわ。その姿見ただけで、きっと隼人なんか降参やで。」
それはそうだろう。せっかく慎吾がやる気になっているのに、その舞台をお膳立てできないでどする?
とにかく慎吾は勉強では隼人には敵いっこないのだ。その時点ですでにもう黒星がついてしまっていることに、この筋肉は気付かない。
だからせめて、最高のコンディションで慎吾に優越感を味会わせて上げたいのだ。
さて、とりあえず試験か。