| 2004年 6月 5日(土) |
腕の中
今朝、私は久しぶりに信吾の腕の中で朝を迎えた。
旅行中も同室だったとはいえ、私の体調も考えて・・・こんな風に朝を迎える事はなかったので。
しかし・・・久しぶりにこうやって腕の中で朝を迎えると・・・少々照れくさくなってしまいますね。
私は、眠っている信吾の顔をまじまじと見る。何という、満足そうな寝顔なのでしょうか。悪戯心が疼いて、鼻を摘んでみても・・・ほんの少し顔を顰めただけで起きる気配は全くありません。
昨日の夜、鳴らされたチャイムの音に玄関まで行くと・・・そこには大きな鞄を手にした信吾が立っていて。
まさか、来るとは思っていなかったので私は少々面食らってしまいました。
「・・・・・・信吾・・・・?寮の方は留守にしていいのですか?」
「そんなん大丈夫や〜、早いとこ、入れたって〜」
大丈夫って・・・一応、寮長なのでは?との思いが頭をよぎる。ここ何日も旅行で留守にしておいて、帰ってきた週末に留守にしていいのでしょうか?
そんな私の心配など気にもせず、信吾は勝手知ったる何とかでずかずかと私の部屋に向かってしまいました。
「本当に、寮に居なくていいのですか?」
私の部屋に入るなり、よっこいせ、と自分の定位置に腰を下ろした信吾に確認する。
「ああ、大丈夫や。なんたって咲良がおるからな〜」
「・・・・・咲良が?どうして???」
信吾の言葉の意味を理解できず、私は聞きなおす。
「だって咲良が、副寮長代理やし」
は?咲良が副寮長???一体それはいつから・・・?
「なんや、天音は知らないんやったか?いやな〜、副寮長は本当は別におるんやけど、急に入院してもうてな。せやから咲良に、そいつが戻って来るまでの間の代理を頼んだんや」
「・・・それは・・・判りましたけど・・・・。でも、週末に寮長も副寮長も寮に居なくて大丈夫なのですか?」
「せやから、大丈夫やって。俺が、天音の所に行きたいって言ったら咲良が寮に残ってくれる言うたし?」
しれっとして答える信吾に、私は顔が引きつった。
本当に、信吾はお馬鹿です。完全に雪紀を敵にしてしまうなんて・・・。信吾が私に会いに来たように、咲良も雪紀の所に行くことを全く考えていないのですね。
雪紀も、旅行中に色々とストレスを感じていたのに・・・。タバコは思うようには吸えないし、飲酒だってもちろんの事。まさか、天下の白鳳の生徒会長が大っぴらにそんな事は出来ませんから。直哉と同室ならもう少し遊びも出来たでしょうが、直哉は祥太郎先生と一緒でしたし。
それに・・・・・やはり、咲良に会えない事が思いのほか堪えたようです。その、雪紀から咲良を取り上げてしまって・・・月曜日には間違いなく血の雨が降りますね・・・。
そんなことを考えていたら、不意に私は体を引っ張られて・・・。
「あっ、急に何をするんですか!」
思いがけず、大きな声を出してしまいました。
「天音、何を考えとんのや?・・・・・こうやって、俺とおるんは嫌なんか・・・?」
しっかりとその太い腕に私を抱き込んでおきながら、信吾は心細そうにそう言った。
「馬鹿ですね、私が信吾とこうしているのを嫌がる訳はないじゃないですか・・・・・」
言ってから、気がつく。
こうして信吾の腕の中に抱かれて居ることの何と、心地良い事なのでしょう。
信吾が私を欲していてくれてる以上に、私が信吾の腕を欲しているのかも知れません。どんなことがあっても、生涯私は・・・信吾を自由にはさせてあげられないでしょう。
『雪紀には悪いですけど・・・月曜日に信吾を差し出すという事で、今回は咲良を我慢して貰いましょう・・・』
「天音・・・・・」
耳元で囁かれる信吾の声に、私は目を閉じる。
・・・あの鞄の中身を使うのを、どうやって諦めさせましょうか・・・などと考えながら、降りてきた信吾の唇を私は受け止めた。