2004年 7月 23日(金)

指揮官・隼人

球技大会?終了後、私は隼人を呼び出した。
ふてくされ全開のような顔をした隼人は、それでも仕方ないと観念したのだろう。おとなしくやってきた。白雪君も一緒だ。

「さて、敗北者には罰ゲームがお似合いですね。」
「なんだよそんなの! 聞いてないぞ俺! 大体こんな妙な大会だって勝手にそっちで決めてやってんじゃんか! 罰ゲームまで付き合えっか!」

思った通りけたたましい。しかし私は知っている。その気の強さが自滅を招くのだ。

「おや、逃げるんですか。白雪君の前で女々しいこと。」
案の定、隼人はぐっと詰まった。ちらりと傍らの白雪君を覗って、イライラした顔で首を振る。

「逃げるわけねーだろ。なんだってやってやるよ。何させたいんだ、言ってみろ!」

「そんな非道なことはお願いしませんよ。この会場の後始末の指揮を取ってもらいたいだけです。」
私はぐるりを見まわした。ここ、プロレス会場は、まだリングと観客席が設置されたまま。
恐らく雪紀がにぎやかしに撒かせたであろう紙ふぶきやテープやが床中をうめ尽しているし、その他備品もまだほとんど片付いていない。
他の体育館も似たようなものだろう。

「お願いできますか?」
隼人はちょっと虚を突かれたような顔をして辺りを見まわし、それからためらいがちに頷いた。
きっともっと変なことを言われると思っていたのだろう。たとえば変態蝶々の格好とか…。
しかし私はあのプロレスで十分に溜飲を下ろしたのだ。あとはこのチャンスを、隼人の資質を見る場にさせてもらおう。
ということで、今体育館には、隼人の通る声が響き渡っている。


「うーん、さすが直哉の弟…、行動力も統率力も図抜けてますね…。」

私は体育館の隅のほうから、隼人を観察している。何事にも熱中しやすい性質の隼人は、自らも人の倍は動き回りながらしきりに指示を飛ばしている。
その隼人が急に声を荒げた。指差す先は、解体されかかったリングだ。
その大きな片付け物にはプロレス部の面々が取りついているが、中に一際小さな人影が二つ…。
祥太郎先生と白雪君だ。

「重いねえこれ、白雪君大丈夫? もちょっとそっちにやれる?」
「は、はい。先生足元気をつけて、テープがそこ、団子になってます!」
「こらあっ、祥太郎、白雪っ!」

隼人がものすごい形相で近づいていく。二人のもたもたしたやり取りが癇に触ったのだろうか?

「おめーらちびの癖にそんな重たいもんもってんじゃねえっ! ちびはちびらしく、あっちでパイプ椅子でも持ってろ!」
「ちびちびうるさいなあ! 大丈夫だもん、これくらい!」
祥太郎先生が果敢に反抗している。隼人は走り寄ると、祥太郎先生の持っていた部分をひったくった。

「指揮官の言うこと聞け! ちびにはちびの配分があんだよ! こんなもんは俺と…、そこ! 変態蝶々!」
隼人が唾を飛ばしてがなりたてる。指差す先には…、変態蝶々の扮装がよほど気に入ったのか、まだバスタオルを閃かせたままの慎吾がいる。

「あーゆー筋肉にまかせときゃいいんだ! 変態! こっち来い!」

変態蝶々のリングネームよろしく、その辺をひらひら駆け回っていた慎吾が、胡乱そうに隼人を見た。
「おまえな、先輩に向かってなんやの、その口の聞きようは。おまえの言うことなんか絶対きかへんで〜。」
「慎吾!」
口を出すまいと思っていたが、あまりの慎吾のお馬鹿加減に、私は思わず口を出す。慎吾は私のほうへひょいひょいと寄ってきた。
「隼人を手伝いなさい。」
「え〜なんでやの? 俺ら勝者やで。勝者はすごいんや。敗者の言うことなんか聞かれへん。」
「………ええええ、あなたは凄いですよ。凄いお馬鹿です。とっとと手伝いなさい。」
慎吾の態度が…というよりは、競泳用の水着のままで繰り広げられるお馬鹿なダンスに腹が立って、私は冷たくそう言う。途端に慎吾の顔がくしゃっとなった。
「なんやの! 天音のリクに答えて隼人をボコにしたったのに! ほめてくれもせんとお馬鹿やなんて! 天音の意地悪! いけず!」
叫ぶなり、バスタオルを翻して体育館から走り去っていく。
………逃げられた。

「なにやってんだよ天音! 貴重な腕力逃がしてんじゃねーよ! あっち行ってテープ片付けるのやっとけ!」

隼人が暴言を吐く。
この私を使おうというのですか。しかも呼び捨てですか。
……ふふふ。覚えてらっしゃい。

「隼人はー、相変わらず命知らずだな〜。」
雪紀がのほほんと感想を漏らす。直哉は小さくなってこそこそと私の死角に逃げ込んだ。


そうして、隼人の奮闘のかいあって、予想よりだいぶ早く片付けは終わった。
私はもう一度隼人を呼び出した。やっぱり白雪君がついてくる。

「ご苦労様でした。それじゃ、あとは終業式の日に、生徒会室まで来てくださいね。」
「なんでだよ! もうこれやったんだからいいだろ!」
「おや、だってあなたは2敗でしょ。私たちと祥太郎先生に。」
私はにやりと笑った。隼人がまた詰まる。
「今のこれは祥太郎先生の分。終業式の日は、私の分ですよ。」
「くっそー、きったねー!」
そうは言っても意外に素直な隼人のことだ。こう言っておけば約束は破らないに違いない。

私は今日の成果に多いに満足しつつ、帰途についた。
終業式の日には、隼人に重大任務を申し付けるのだ。