2004年 7月 26日(月)

白鳳寮フェスティバル

朝方驟雨が降って、それが雨戸を叩く音で目が醒めた。
ぼんやりした頭で庭を見ると、久しぶりの降りに、庭木たちが喜んでいるようだった。
しかし、勤勉なおばあさまには慈雨ではなかったらしい。
朝の掃除姿の襷がけのまま、おお慌てで洗濯物を取りこんでいらっしゃる。
どうやら今日は大物が多かったらしく、お弟子さんたちまで飛び出しておおわらわだ。

申し訳なく思いつつ、やっと床を上げた。
雨はすぐ小止みになり、やがて晴れ上がると、濡れた地面が涼風を運んでくる。
我が家は緑が多いから、平均的な家より涼しいとは思うが、それにしてもありがたいような涼しさになった。

身支度を整えて、居間でくつろいでいると、お弟子さんの一人が私を呼びに来た。慎吾が来ていると言う。
私が呼びもしないのに、お弟子さんの後から慎吾が上がってきた。
私の顔を見るなり、さも嬉しそうにふにゃりと笑う。
昨日も夕方まで私と一緒にいたのに、あまりの忠犬ぶりに、私も思わず笑み崩れてしまう。

「あんな、天音。お誘いに上がったんや。」
「お誘い? なんのお誘いですか?」
慎吾が誘うというのだから、きっとプールに違いないと思ったが、一応聞いてみる。ところが返事は、私の予想外のものだった。

「夏休みに帰省しない寮生を集めて、寮でな、祭りみたいなことをするねん。」
「まあ、お祭りですの?」
冷たい麦茶を持ってこられたおばあさまが、楽しそうな声をあげる。おばあさまはこれで意外とイベント好きなのだ。

「私も伺いたいわ。男の子だけのお祭りって、なにをなさるのかしら。」
おばあさまはうきうきと言うと、すっかり膝をつけてしまわれた。慎吾がちょっと困った顔をする。

「うーん、おばあさまもお誘いしたいねんけど、寮は女人禁制やねん。」
「あらそうなの? まあ、今時時代錯誤なのねえ…。」
それはそうだろう。
こんなお年頃の男たちの巣窟に女の子がひょいひょい入れるようでは、繰り広げられることは決まりきっている。

「おばあさまみたいな優雅なご婦人は、申し訳ないけどお入れできしませんのや。今度なにかお誘いするさかい、今回はご勘弁願います。」
慎吾が両手をつけて拝むようにすると、おばあさまも笑ってしまわれた。
「ほほ。無理に伺いたいわけじゃありませんのよ。それでは今度を楽しみにすることにいたしますわ。」
「あ、おばあさま。天音2〜3日泊まりで預かってもええやろか?」
「そうねえ、夏休みですし…。」
おばあさまはちょっと首を傾げた。お稽古を代わる約束をしていた私は冷や冷やした。
「よろしいわ。ゆっくりいってらっしゃい。」
「ありがと! おばあさま、恩に着ます!」
なんだか私の意見が一つも通らないまま決定してしまった。
こうして私は、寮の祭りとやらに参加することになったのだ。


「寮でお祭りがあるなんて初耳です。」
「祭りゆうか、ま、暇な奴らが集まって馬鹿騒ぎするんやな。毎年やっとるで。
今年は俺ら3年やし、どうしても天音を呼びたいってみんな言うねん。天音、人気者やしな。」
そうか。人気者か。
そう言われれば私も悪い気はしない。

寮とは言っても、小さなマンションだ。
ちょっとした集会ができそうなコンコースを抜けると、白雪君が飛び出してきた。
「天音センパイ! おいで頂いてありがとうございます!」
「おや、白雪君も寮生ですか? 白雪君がいるってことは…。」
「おう、おるで、隼人の奴。」
慎吾は鼻の頭に皺を寄せた。

それにしても不思議な気がする。私が来たのに咲良の出迎えがないことだ。
咲良の親御さんは海外にいらっしゃるから、咲良はずっと寮にいるはずなのだ。
「慎吾、咲良の姿が見当たらないようですが…。」
「咲良なら、終了式が終わった直後に雪紀に拉致されてん。」
慎吾は眉を寄せてふっと笑った。

「もう今日で丸々三日やで。まったく、どんなご無体な目ェに会わされてるか思うと…。」
慎吾は言葉を切って、キシシシシ…と、なんとも言えない笑い声をした。
慎吾の心配?ももっともである。S入っている雪紀のことだ。いったん鬼畜モードに入ったら、咲良がたとえ泣き出そうが、破廉恥な行為を続けるに違いない。
……まあもっとも、我々も大差ないが。

男ばかりの寮は、思ったよりも綺麗だ。私は初めて見る寮の内部に感心しながら進んだ。慎吾と白雪君が私を導いてくれる。
なぜかどんどん階段を降りていく。祭りなら地下よりも日のあたるところがいいだろうに。
しばらく進むと、廊下の両側に寮生たちが並んで私を拍手と歓声で迎えてくれる。どうやらその奥が会場らしい。そこにはいつものように仁王立ちの隼人もいる。
「天音さまっ! ご来臨ありがとうございます!」
「ああっ、もったいない、まさか天音さままで参加していただけるなんて…!」
うん、悪くない気分だ。私はこれ以上ない持ち上げっぷりに気をよくして、ちょっと手など振ってみる。たちまち周囲が沸いた。

「天音! 本当に参加するねんな!」
「ここまで来たんですもの。参加させてもらいますよ。」
「よぉ〜し! その言葉、確かに聞いたで! おい、アレ持って来い!」

アレ? アレとは一体…。
一人の寮生が、恭しくなにかを捧げてくる。
それは、真っ赤などてらだ。きょとんとしている私の肩に、それが恭しく掛けられる。なんだか汗臭い。

「慎吾、これは…。」
見ると慎吾も、紺のどてらを着込んでいる。不信そうな隼人にも。他にも何人か。
「これ着な、始まらん! いざ、白鳳寮フェスティバルへGO!や!」
突き当たりの扉が勢いよく開けられる。
私はその途端に思わずよろけてしまった。