| 2004年 8月 1日(日) |
変則スイカ割り
屋上には、いつのまにかテントが貼られていて、ブルーシートが敷かれている。
そして、なぜそんなものがあるのかわからないが、お子様用のプールが置かれていた。中には水が張ってあって、そこにゴロゴロと大玉のスイカが放されている。
「ほんまなら、スイカ割りなら浜辺でやりたいとこやけどな。」
慎吾は抱えてきたスイカを、ブルーシートの真中に慎重に置いた。
「ま、ここなら日当たりもサイコーやし、気分だけでも海水浴や。」
…たしかに日当たりはサイコーだ。私はじりじり肌を焼く日差しを恐れて、テントの日陰に逃げ込んだ。
きょとんとして立ち尽くす白雪君もついでに引っ張り込んだ。彼の特徴である真っ白な肌を日焼けして浅黒くさせるのは、私は許せない。
「白雪君、こっちの日陰においでなさい。日焼けしてしまいますよ。」
「え、でも、寮長を手伝わないと。」
白雪君は、嬉しそうに駆け回っている慎吾と他の1年生たちを見てそわそわとする。
私はテントの下に設えてある簡素なベンチに腰を下ろした。有無を言わさず白雪君も従わせる。
「いいんです。あーゆー力仕事は、慎吾や隼人に任せておけばよろしい。私たちはここからゆっくり見物しましょう。
あなたの財産であるその白い肌が日焼けしてしまうのは、大変にもったいない。」
「あ、俺なら平気です。ちょっと赤くなるけど、大体日焼けが定着しないたちなんです。いくら焼いても真っ黒にはなりません。」
白雪君は結構きっぱりそう言うと、飛び出して行った。
寮長を…と言っていたのに、手伝うのは隼人の方ばかり…。
なるほど…私が野暮だったようだ。
程なく、用意が整ったらしい。
慎吾はおもむろにポケットから1枚の紙を取り出した。
「さあ、スイカ割りたい奴はこっち集まり! アミダするで!」
スイカ割りでアミダとはなんだろう? 私は日陰のベンチからのんびり観戦の構えだ。
二日酔いの災難に見まわれずに来たのは、ほとんどが1年生だ。
彼らはなんとなく恐ろしげに、慎吾の手にしたアミダに印をつけていく。なんだか妙に偉そうな隼人の態度はものすごく目立つ。
寮生でもないくせに…あいつはいつも存在感アリアリだな…。
そしてすぐにアミダの結果が出た。
「ふざけんなぁっ! こんなんでスイカが割れるかぁっ!」
隼人がギャーギャー叫ぶ。手には、小さなプラスチックのスプーン…。ヨーグルトなんかをコンビニで買うとつけてくれるあれだ。
さっきのアミダは、スイカを割るための得物をより分けるものだったらしい。
「文句言いな。厳選なアミダの結果やで!」
そう言う慎吾の手には、発泡スチロールの箱を解体したと思しき白い棒…。
あたりを見まわしても、ハタキだの、丸めた新聞紙だの、ロクなものがない。
唯一役に立ちそうなものは鉄製の直角定規だけだが、持っているのが白雪君では…。
私はため息をついて、傍にあったまな板と包丁を取り出した。
どうやらこれは、力余る高校生にせっかくのスイカを叩き潰されたくない慎吾の苦肉の策らしい。
それならスイカ割りなど提案しなければいいのに…。その辺がお祭り好きの慎吾の悲しいところだ。
慎吾の番が回ってきて、彼は思いきり発泡スチロールを振り下ろした。
案の定、ポコンと間抜けな音を立てて、それは根元から折れてしまう。
「いやー、硬いスイカや。」
慎吾は汗をぬぐって涼しい顔だ。ちょっと包丁を入れるだけで自らはちきれそうにパンパンに実ったスイカだから、得物がそんなんでなければ簡単に割れるはずなのに。
「次、ラスト、隼人やな。さ、割れるもんなら割ってみ。」
5個あるスイカは今だどれも無傷だ。
案の定白雪君は、あろうことか定規を横に使って全然歯が立たなかった。他の誰もがスイカが割れるようなものは持っていない。
隼人は悔しそうな顔で前に進み出た。
「くっそー! 大体こんなもん、両手で持てねえじゃねえか!」
隼人は大きな両手に小さなプラスチックのスプーンを握り締めると地団太を踏んだ。
どうしてもスイカを割ることに固執しているようである。
「どうしたんや! スイカ一つ割れへんのかいな! このへっぽこ!」
さらに慎吾がそれを煽りたてる。自分だって割れなかったへっぽこのくせに…。
それでも隼人はスイカの前に立ちふさがり、それから突然晴れ晴れとした顔をした。
…なにか打開策でも思いついたらしい。
スイカの前に立った隼人は、スプーンから片手を放した。プラスチックの華奢なそれを、折った親指の内側に押さえ込んでいる。
アレは…直哉が時折見せる、手刀と同じ形だ。さては…!
「はあぁぁっっ!」
気合イッパツ、隼人の手刀は見事にスイカに食い込む。
勢いがよすぎて、そのスイカは無残に四散した。
隼人の着ていたTシャツは、返り血ならぬ返りスイカを浴びて真っ赤になっている。
それでも満足そうに、隼人は私と白雪君に向かってにっと笑って見せた。
「なぁぁぁぁ! なんて勿体ないことをするんや! この罰当たり〜!」
慎吾の情けない言葉が響く。…やっぱりこの変則スイカ割りは、粉々にされるスイカを惜しんでの苦肉の策だったらしい。
「あなたが妙なことを発案するからでしょう。最初からスイカ割りなんて言わずに、普通に切って食べたらよかったんです。」
私が呆れて言うと、慎吾は泣きそうな目をした。
「だって…おばあさまから…、お祭りならこれでスイカ割りでもなさいまし。って言伝いただいたんやもん。せっかくのおばあさまの心づくし、背いたらアカン思て〜!」
やれやれ、まったく子供なんだから。
ともあれ、その砕けたスイカも少しは食べられたし、他の4つは丸々無事だったので、二日酔いの面々にも十分に行き渡るだけの分量はあった。
私は感謝しながら美味しいスイカを頂いたのだった。
さあ、舎監のいない最後の夜は…なにをするのだろうか。