2004年 9月 11日(土)

可愛い後輩

お彼岸を控えて、ようやく気温も落ちついてきた。2度寝にはいい気候だ。
私はゆっくりとお布団の感触を楽しんでいた。
慎吾はまもなく競技会があるとかで、週末だと言うのに泊まりにこない。
きっと終日泳ぎつかれて、今ごろ泥のように眠っているに違いない。
もちろん慎吾との時間も大事だが、こんないい日差しの日にはゆっくり惰眠を貪っても…と、思っていた私だったが、思いがけずたたき起こされることになった。
咲良と瑞樹と白雪と隼人…今度選挙に出る面々が揃ってやってきたのだ。

慌てて身なりを整えて出ていくと、四人はちゃっかり朝ご飯を食べていた。
闊達な若者が大好きなおばあさまがにこにこと給仕をしておられる。
私は呆れながら席についた。

「あら、天音さん、おはよう。お友達がさっきからお待ちかねよ。」
「おはようございます。なんですか、こんな朝早くから。」
「あ、天音さん、おはようございます!」
お代わりのお茶碗を突き出しながら、咲良が元気に答える。

「来週末の投票日の前に、候補者全員で、立候補に当たっての抱負をスピーチすることになったんです。」
「おや、今年はそんなことまでするんですか。」
「別にしたくはないけど…、他の候補者が不公平だって言い出して。」
不公平か、なるほど。
咲良たちはすでに生徒会役員ということで、あちこちで顔が売れているが、他の候補者たちはそうは行くまい。
同じ条件でポスターだけ作っても不利すぎるというわけか。

「で、そのスピーチの草稿を、天音先輩に監修してもらえって、住園会長が。」
………雪紀め、面倒なことを私に押しつけるつもりだな。
「それで朝から…。朝ご飯もそこそこにかけつけたわけですか。」
「え? 朝ご飯は食べてきましたよ。これってお昼じゃないの?」
たしかにブランチだが、それほど寝坊したわけでもないのに…。
ため息をつきながらおばあさまの手元を覗きこんだ。
……もうお櫃に、たいしてご飯粒が残っていない。
…君たちは2度目の食事じゃないのか? おのれ…。

「それで、何か少しは考えてきたんですか?」
「「全然〜!」」
子犬たちは歌うように声を合わせる。白雪君はちょっと困った顔をした。
「あの、俺は一応少しは考えてきました。」
「そんな、5分程度のスピーチ、ぶっつけ本番でなんとでもなる!」
そうしていると、隼人は本当に直哉に良く似ている。おばあさまが、目を細められた。
「あなたはもしかして、滝さんの弟さん?」
「はい。いつも兄がお世話になっております。」
隼人は背中を伸ばして、ぴしりとした礼をした。
雪紀といい直哉といい隼人といい、武道を治めた奴らは一様に挨拶が綺麗だ。
これでみんなだまされるのだな…。

「まあまあ、お兄様もきりりとしていらしたけど、あなたもなかなか凛とした青年ねえ。
そちらの方は? 天音さん、ご紹介してくださらないの? 咲良くんと瑞樹くんは存じ上げていますけど…。」
「これは失礼いたしました。こちらの大きいほうが隼人。直哉の弟です。

そちらの可愛い方が白雪君。彼は1年生の主席ですよ。」
「まあ、それは素晴らしいこと。才色兼備でいらっしゃるのね。」
それは女の子にするような形容だと思ったが、上機嫌のおばあさまにはなんにも言えない。


食事を終えて部屋を移動した。
押し付けられた監修役でも、後輩が慕ってきたと思えば可愛い。
それに第一、私たちが手塩にかけて可愛がってきた後輩たちの変わりに、むさくるしいわけのわからない奴らが生徒会役員、あまつさえ私の後輩などと名乗ることを考えると、これはもう絶対学校中を感動させられるような素晴らしい原稿を考えなくてはと思う。

「ところで、対抗馬たちはどんな感じですか?」
「祥太郎先生を男に…、もう面倒くさいから、男会でいいですね。そっちは、単に祥太郎先生の後を追っかけたいだけなんです。」
「全然相手にされてないけどね。」
それはそうだろう。祥太郎先生は、あの可愛らしい見せ掛けとは裏腹に、一筋縄じゃ行かないのだ。それはもうさんざ体験済み。
「オタクっぽい集団で、陰からこそこそ覗いて観察日記とかつけて喜んでる連中だから、きっと祥太郎先生から何か言ってもらえれば、簡単にどうにかなります。」
おや、なかなか咲良も言うようになって来た。雪紀の影響だろうか。

「もう一組…、横暴の会のほうは、ちょっと強硬な感じです。体育会系の連中が中心で。
俺の…ファンクラブって言うのも嘘じゃないのかもしれないけど、雪紀さんに反感を覚えているのも本当だと思います。」
「あいつらは不穏な感じだぜ。一発ガツンと言ってやった方がいいかもしれない。」
「またそんな、隼人は…。ダメだよ、喧嘩なんか吹っかけに行っちゃ!」
白雪君が怒った顔で隼人を諌めている。しかし隼人はなんだかすっかり思いつめた顔をしている。
出来レースと思っていた選挙で、一波乱有りそうな予感がする。