2004年 9月 14日(火)

爆弾スピーチ

まったく急遽ではあるが、生徒会役員立候補者による、選挙演説会が執り行われる事になった。
みんな大喜びである。何しろ午後の授業が丸々潰れたのだ。いそいそと講堂に向かう。入りきれない生徒達は視聴覚室など、パソコン常備の部屋へ散る。便利な物で、壇上に立つ候補者の様子が、リアルタイムでパソコンの画面に映し出されるのだ。
しかし、何といってもライブの醍醐味には敵うまい。もちろん現生徒会役員の私たちは、演説を行う真正面の特等席に陣取った。ここからなら、壇上への指示も、聴衆への扇動もバッチリだ。

まずは、会長候補。男会からごろんと太った生徒が壇上に上がった。
トップバッターという事で、緊張しまくっているのが分かる。汗がだらだら…汚らしいな。
「おっ、俺が生徒会長になった暁には…っ! 必ず祥太郎先生を助けて、より良い学園にする事を誓います! 俺はっ、祥太郎先生の為なら何でも出来る覚悟ですっ! もうじき滝先輩も卒業だから…いやいや。」
おやおや…彼は何を勘違いしているかな。あんな壇上でラブコールをぶちかましてもしょうがないだろうに。
「うーん、気持ちはありがたいけど、僕が生徒会動かしてるわけじゃないんだけどな〜。」
祥太郎先生が呟く向うでは、直哉が歯ぎしりしている。
「あいつ…。ぶっ殺す。」
…これは戦わずして、彼らの敗退は決まったな。

男会が引っ込むと、咲良が壇上に上がった。それなりに緊張してはいるのだろう。だが、清々しく顎を上げ、瞳を煌かせた様子は、さっきのむさ苦しい男と比べると、まるで一陣の涼風が吹いたようだ。
「私は…先代たちが築き上げたこの校風を愛しています。住園先輩の教えに忠実に、この自由で誇り高い学び舎を守っていけるよう、鋭意努力するつもりです。」
おや…、いつもの「俺」がなりを潜めて、「私」になっている。私は思わず微笑んだ。
どうやら雪紀の真似をしているようだ。何ともいじらしい事だ。
「しかしながら、この伝統ある校風が、閉鎖的な環境を生み出している事も否めません。
私が会長になったなら、外部との交流の門戸をもっと広げ、新しい風を取り入れ、より良い学園にしていく事を公約と致します。他校だけではなく、白鳳の初等部や大学部ともより多くの密な関係を繋げられる事が私の夢です。」
…要するに、大学部へ出入自由にして、思う存分雪紀といちゃつきたいと言う事らしい…。
今のところは、私の草稿にはなかった部分だ。雪紀辺りの入れ智恵だな…。

そして突然スピーチが英語に変わった。立て板に水とまくしたてられる流暢な英語に、私はちょっと眉をひそめた。
さっきまでのまじめな日本語とは程遠いスラング交じりの砕けた言葉で、さっきまで言っていた事を復唱している。しかし、この程度の英語なら、私以外にも聞き取りできる者は大勢いる筈だ。事実、直哉も祥太郎先生も、戸惑ったような顔をしている。
「英語は…カッコイイけど、ずいぶんフランクだね〜。初対面の人にだったら怒られちゃう言葉だね。」
「咲良にはなにか考えがあるんでしょう。」
言いながら、直哉は雪紀を睨み付けている。奴がにやにやしているところを見ると、このぞんざいな言葉遣いも、雪紀の差し金に違いない。

しかし、大半の生徒は騙されてくれたようだ。大きな拍手に送られて、頬を染めた咲良が壇上を降りた。

会長候補最後の一人は、横暴の会の先鋒だった。すらりとした彼はすれ違った咲良に向かって冷ややかな一瞥を投げた。思わず意気揚々と引き上げてきた咲良が鼻白む剣呑さだ。
壇上に上がった彼は、しばらく沈黙した。ざわめく聴衆が静まるのを待って、おもむろに話し出す。
「今の生徒会は腐っている。」
突然の鋭い言葉に、会場が水を打ったように静まった。

「なんですか、あれは…。」
「2年の主席だ。そう言えば俺になんだか文句を言いに来た事があるな。」
雪紀はしれっとそんな事を言う。

「生徒会とは名ばかり。今の生徒会室は、私物の溢れる住園氏の私室だ。
あまつさえ、役員という名目で、まともな選挙すら経ない、学年随一の美少年ばかりを集めたそこは、住園氏の為のハーレムと化している。」
講堂内がざわりと揺らめいた。周知の事実だが、いざ改めて口に出されれば、それはやはり触れてはならない暗部なのだろう。
しかし彼は勘違いをしている。
確かに雪紀の私物は多いが、ハーレムを作ったのは何を隠そうこの私だ。
雪紀は恐らく、咲良さえいればいいのではないかな。
「えーと、美少年って、僕も入るのかな〜。」
壇上の彼が前列に座る私たちを鋭く指差していく。その中に一緒に指差された祥太郎先生は照れくさそうに呟いた。
「あったりまえです。祥先生を置いて他に語る美少年は存在しません!」
おいおい…、そんな所で熱くなるなよ…。

「私は住園氏の布いた悪政を払拭する為に立候補いたしました。
ささやかではありますが、私の力で、この間違った慣習を正したい。
特に一番の犠牲となっている、現会長候補を救いたい。
彼は、住園氏に唆されて、あのような汚い英語を披露する運びとなったのに違いありません。
彼が転入した頃の初々しさを覚えている諸君は少なくない筈だ。彼にはあんな虚勢は似合わない。
私が会長となった日には、住園会長の手に囚われていた美少年達の開放を! そして、学園内の誰もが平等に、花たる美少年達を愛でる機会を作りたい!
諸君! 特権階級による支配は終わりを迎えるのです!」

ものすごく仰々しい事になっている。
しかし、生徒達の受けはいいようだ。
私は苦い気分で辺りを見回した。何が平等な機会だ。こんな飢えた野獣の群れに私の可愛い子犬ちゃん達を放り込めるか!

「なにあいつ! なんかむかつく〜!」
大人しい白雪君まで憤っているではないか。

彼が投げ落とした爆弾のせいで、他の生徒達のスピーチはみんな霞んでしまった。壇上で気炎を上げた隼人でさえ、大人しく感じたくらいだ。
なんだか…雲行きが怪しくなってきたぞ。