2004年 9月 5日(日)

おまじない

しかし…改めて思うでもないが、直哉と祥太郎先生の組み合わせはなんてアンバランスなのだろう。
似合っていないと言うのではない。むしろ大変似合っている。
ただし、それが兄弟…あるいは親子だったとしたらだ。
しょっちゅうあちこちに気が逸れて蛇行する先生を、脇から慌てた様子の直哉がなだめたりすかしたりしながら追っていく。
なんというか…微笑ましい光景だ。
まるで、カルガモの親子だ。

ついていくと、二人ともこれから食事のようだった。
祥太郎先生が大きな仕草で胸を叩いている。言っていることは簡単に推測できる。
恐らく、「僕がご馳走するからなんでも好きな物を言って!」と言ったところだろう。
しかし、財力ならきっと、直哉のほうが数段上のはずだな。
「二人もこれから食事のようですね。」
「ほんま! じゃあ一緒に…!」
「何をたわけたことを言っています! 私たちは隠密行動です! 一緒に入れるわけないじゃないですか!」
お腹をすかせた慎吾はぶつぶつ言う。うるさいので、その辺にあったキャンディの自販機から、棒つきの丸い飴を一個買い与えてもたせることにした。
大男が無邪気にチュッパなんとかをしゃぶっている姿は気色悪いが、黙らせるにはいい手だ。

幸い、二人が入った店は、大きなガラス窓があって、二人はその窓に面した席に案内された。
…そういえば、窓際の席に案内するのは客寄せのためだと聞いたことがあるな。
直哉と祥太郎先生の組み合わせは、客寄せになるのだろうか。
二人のルックスはともかく、中身を知ったら引く人も多そうな気もするな…。

飴をしゃぶってすっかりおとなしかった慎吾が私の袖を引っ張る。
見ると、道の反対側の、しかも2階に飲食店がある。あそこなら二人に気付かれずに見張ることができるな!
よしよし、筋肉にしては気が効いている。早速移動だ。

少し遠くなったが、それでも広い窓でよく見える。むしろ視点が上になって、テーブルの上まで見渡せていい感じだ。
祥太郎先生がテーブルの上に身を乗り出すようにして一生懸命喋っている。それを見る直哉の顔は、…ああいうのを蕩けていると言うんだろうか…。
不意に手を伸ばして…、! 髪の毛についたゴミを取るふりして!
ほっぺたを撫でている! 確かに見た!

「なー、天音〜、なんにする? 俺と同じでええ?」
「なんでもいいです! 邪魔しないで下さい!」
慎吾が何か言っていたが上の空で答えて、観察を続行する。
頼んだ物が来た様だ。

直哉はパスタ、祥太郎先生はグラタン…か。
タバスコのビンを差し出された先生は両手を振ってそれを断り、変わりにこれでもかと粉チーズを掛けた。
いかにも甘党の先生らしい…。大きなフォークでたっぷり掬って…そんなに慌てては…と思った通り、
先生はびくっと震えた。熱かったらしい。

「ああ…やっぱり、不注意ですねえ…。」
ここから見たってあんなに湯気の立っているグラタンを、そんなに急いで食べようったって無理である。
水の入ったコップを口にする先生を見ていた直哉が腕を伸ばして…先生のグラタンを引き寄せて…、
慎重に掬うと…! それをフーフーして! さらに腕を伸ばして! 先生の口元に…!
あーんしてって! こんな衆人の前で! あーんしてなんてっ!

さすがに先生も慌てたらしい。頬を赤らめてそれを断っている。
自分の唇を指差して、火傷しちゃったから…とでも言っているのだろうか。しかし…。

そんな可愛らしい仕草は、かえって危険じゃないのか…?

とか思っているあいだに…おおっ!

直哉が身を乗り出して!
先生のあごを捕まえて!

キ、キ、キ、キス…した──────!

いや…正確には、先生の唇を舐めた…のか?

先生がばたばた慌てている。直哉がニヤニヤ笑いながら何か言っている。
不思議とその唇の動きがはっきり読めた。
「おまじない」…何をとぼけたことを…。
先生はそれでだませても、この私は誤魔化されません!

そんなことで私が二人に夢中になっていると、急に慎吾が声をあげた。
どうやら私たちが注文した分が来たらしい。
テーブルの上を見て、私は絶句した。
そこには…400グラムはありそうな…ものすごいステーキが…。
「やー、天音が昼からこんなに食うのは珍しいわ。」
「私が…こんなに食べるわけないでしょう!」
付け合せの温野菜だけでもお腹いっぱいになりそうだ。
見まわすと、がらんとした店内のほかの客たちもみんなステーキを食べている。
よく見ないで、窓際の席をとることだけ考えて入ったら…ステーキハウスだったか…。

大失敗だったな…。

しかし、祥太郎先生と直哉のデートはまだ楽しそうに続行中だ。