| 2004年 9月 6日(月) |
天才?
真っ昼間っから思いがけない大量のお肉を食べてしまったおかげで、お腹が重い。
お肉ももちろんだが、続いて出されたバターライスの量ときたら、目眩がしそうだった。
私は常々、おばあさまに、もったいない精神を叩き込まれて育っている。
特にお米粒には、一粒一粒に八百万の神様が宿っていらっしゃると、口を酸っぱくして言われてきた。
だから与えられたご飯を残すのは…ものすごい罪悪感が伴うのだ。
しかし…今日のご飯は物理的に無理! 私の胃袋のどこにあれだけの物が入るのだ!
げんなりした私を見て、喜んだのは慎吾だった。
「天音、食べへんなら、それちょうだい♪」
渡りに船である。もろ手を挙げて差し出した。
私が半分以上残したそれらを、慎吾は平気な顔で平らげた。
………気色悪い…。バキュームカーかい…。
あれだけ食べてまだデザートに未練を見せる慎吾を急き立てて、私は席を立った。
直哉と祥太郎先生が動き出すようだ。
今度はどこへ行くのかと思ったら、意外にもボーリング場だった。
これはきっと直哉の方が、いいところを見せたくて選んだに違いない。
素直に入ると見えた祥太郎先生は、一瞬振り向いてこっちを見た。私は焦りまくってそのへんの物陰に身を潜めた。
先生は…時々思いがけず勘が鋭いのだ。用心するにこした事はない。
幸い気付かれなかったようだ。先生は訝しそうな直哉に笑顔で手を振ると、嬉しそうにビルに入って行った。
もちろん私たちもいそいそと後を追う。ここでいきなり大問題が発生した。
ボーリングシューズである。こんなところに来るのがあらかじめ分かっていたら、家からマイシューズを持ってきたのに!
こだわりがあるわけではない。ボーリングだって大して得意でもない。
だけど誰がはいたか分からないシューズを共有して足を突っ込むのは…考えただけでも怖気が走る! しかし…、ボーリング場に来てシューズを借りないのは…不審すぎる。
「天音〜。25でええんか? ほら、借りたったで〜。」
ああっ、余計な事を…!
私は指先だけでシューズをつまむと、腰を屈めて歩き出した。
こんなにやかましい場所なのだ。多少接近しても気付かれまい。
次第に膨れっ面になってきた慎吾に、くれぐれも大人しく遊んでいるように言い聞かせて、私は二人の傍へ近づいた。二人の背後のボールの棚に身を潜めていると、会話まで良く聞こえる。しめしめ。
まずは1投目。当然のように直哉がボールを持つ。
綺麗なフォームから力強いパワーボールが放たれる。
ガコーンと小気味良い音がして、ピンが吹っ飛んだ。9本。
直哉は苦笑すると今度は慎重な投げ方でスペアを取った。
「すごーい! 直哉君は本当になんでもできるね〜!」
祥太郎先生が無邪気に手を叩いて喜んでいる。直哉の奴…そっくり返りそうだぞ。
「さあ、祥先生の番ですよ。」
「えー、僕、ボーリングなんて何年振りだろ〜。うまくいくかな〜。」
「教えて差し上げますよ。」
直哉の奴…鼻の下が伸びまくっている。うまいこと、良いとこ見せたとご満悦なのだろう。
祥太郎先生が両手でボールを持った。なんとなくよろよろしている。
「えーとえーと、どの指入れるんだっけ? 親指?」
あのボールに、親指が入るのか…? さすがミニマム祥太郎先生…。
早速直哉がべたべたと引っ付いて教えている。
やっと直哉が離れると、祥太郎先生はレーンの方へよちよちと歩き出した。
…ペンギンみたいだな…。
祥太郎先生はえいっと声を上げて、ボールを放り出した。
ガゴン! ゴーロゴーロゴーロ…。
なんとも情けない音を立てながら、ボールは進んでいく。
これはガーター間違いないと思ったら、ピンの手前で大きくカーブした!
あれっ!!!
パタパタパタパタ…と可愛らしい音を立てながら、ピンが…うそ、ストライク?
直哉のあごががくんと落ちた。
「わー、すごい、僕って天才?」
…ある意味そうかも…。
焦りまくった直哉はその後スコアをがたがたにし、祥太郎先生はペンギン投法でパーフェクトに近い成績を上げていた。
…祥太郎先生、あなたはマジシャンですか…。
「あー面白かった。お茶でもしに行こうよ。」
「……はい。」
すっかりしょぼくれた直哉を引っ張るようにして立たせて、祥太郎先生は荷物をまとめ出した。
また移動か…。筋肉を回収しなくては。
そう思っていると…先生がこっちに近づいてくる。
私は慌てて体を低くした。
「ねえ、国見君。」
祥太郎先生がひょいと顔を出す。せっかく隠れていた私の努力は!
「先生…気がついていたんですか…?」
「誰だって気付くよ〜。だってあれ。」
祥太郎先生が指す方を見ると…精一杯静かにしているつもりなのだろう。慎吾が大きな振りでジェスチャー及び百面相をしながら、ものすごいスコアを築いていた。
だけど…言いつけ通りに声は出してないし、この喧騒の中では気づく距離ではないのに…?
「あの…筋肉バカ…。」
「直哉君は気がついてないみたいだけどね。」
祥太郎先生はクスリと笑った。
「君たちのレーン、追加料金払っといてあげたから。」
な…なんか先生、目が怖いんですけど…。
「ゆっくり遊んでいってね。僕らの邪魔しちゃやだよ。」
祥太郎先生はぶきっちょなウインクをした。
遠くから直哉が祥太郎先生を呼んでいる。
祥太郎先生はひらひらと手を振ると、もう一度私を見て、唇の前に指を1本突き立てて、軽やかに走っていった。
てゆーか、いつから気がついていたんだろう…?
なんだか体よく追っ払われて、私の隠密行動は終わった。