2005年 1月 11日(火)

見えない努力

今日から3学期。
泣いても喚いても、本当に高校生活最後の学期だ。
そう思うと何気に、感慨深くもあり。長いようで短かったこの3年間を私は振り返る。
入学した年は・・・そんなにおもしろい事は、なかったな。
腐れ縁の様に雪紀や直哉、そして慎吾はいつも一緒だったし。生徒会にに1年生から入るのは名誉な事だ!と。
当時の会長は力説していたが、裏を返せばそれだけの人材が上の学年にいなかっただけの事だ。
名誉でも何でもないと、私は思うぞ。

ああ、でも。
去年の春、咲良が編入して来てからは。
どの思いでもまるで極彩色の花のように、鮮やかに。
私の記憶の中に残っているのだ。
何と言ってもあの雪紀が、咲良にメロメロになるなんて思いもしなかったし。適度には遊んでいても基本的に真面目な直哉が、教師でしかも男の祥太郎先生一筋になるなんて思わなかった。
瑞樹は瑞樹でいつのまにか煌びやかな王子様が付いているし。
今年は今年で、本当に怒涛の様に月日が過ぎてしまった。
隼人が入学して来て以来、去年に輪をかけて騒動が多かったのは気のせいではないと思う。
だがそのやんちゃな隼人だって。今は白雪を守り通す事に躍起になっていて、見る間に「男」の面構えになってきた。

私は何か、成長したのだろうか。
そんな事を考えながら昇降口で靴を履き替えていると、どこからともなくボソボソとした声で私や慎吾の名前が聞こえてきた。
きっとこの靴棚の裏辺りで大方、私達の噂でもしているのだろう。
私の婚約は・・・あっと言う間に学園中に広がっているだろうし。
ここにおばあさまがいたら「立ち聞きなんてはしたない!」と一括なさるに違い無い。が、幸いここにおばあさまはいない。
私にだって好奇心というものはあるのだ。向こう側にばれないようにして息を潜め、話の内容に聞き耳を立ててみた。



『そう言えば、国見って婚約したらしいじゃん』
『誰と?!』
『んー女子部の、中学生らしいぜ?』
『うわー、なーんかヤラシイ感じ?中学生じゃん、幼な妻って奴?!』
『ばーか、んな事聞かれてみろ。国見の事悪く言ったのバレたら後でアイツが暴れるぜ?』

やはり思った通り、私の噂らしい。しかし・・・何処にでも低脳な連中はいるものだ。
野乃香を捕まえて何が「幼な妻」ですか。

『でもよ、アイツもムカツクってゆーかさ』
『そーそ。いつも国見とかさ、住園とか滝とか目立つ連中と一緒にいるから必然的に目立つけど』
『頭、悪いくせに推薦で上に行けるんだろ?やってらんねーよなぁ、俺らみたいな庶民はさ』
『オトモダチは選びましょう、って?』

・・・・・何を言っているんだ、あいつらは。
もしかして慎吾まで馬鹿にしているのか?
私を笑うだけならいざ知らず、慎吾の事を悪く言うなんて許せない。

「あなたたち・・・!」
「なんやー、天音。そんなおっかない顔して〜。朝からそないな顔せんと、別嬪さんは別嬪さんらしく笑っとったらええんや〜」

私が怒鳴り込もうとしたその瞬間。背後から慎吾の暢気な、まるで間の抜けた様な声が聞こえた。
驚いたのは私だけではない。
散々私達の事を言っていた連中も、姿を現した私と慎吾に驚いて固まってしまっている。
だが・・・・・この慎吾の様子では、今の話は聞かれていなかったか?

「ホンマに。そないに皺寄せてると綺麗な顔が台無しや無いか」

こつん、と慎吾の硬い指先が私のおでこに触れた。
そして矢庭に、慎吾が連中に向かって口を開いた。

「あんなー、お前らにどう見えるかは知らんけど。俺は俺なりにこれでも頑張ってるつもりやねん。
ちゃらちゃらしてる様に見えるんかも知らんけどな、これでもでっかい夢も目標もあんねん。
大学へ行くんも、その夢をかなえるためや。確かに俺は頭が悪いからこんなんでもせな大学なんて無理やったかも知れんけど。
水泳やっとって、それがあって大学行けるんならめっけもんやないかい。
何の努力もせんような人間は、努力する人間に何も言えん事、分からんのか?」

顔は笑ったままだったし、声もいつもと変わらない。
それでも慎吾の握り締めた拳が震えている事に私は気が付いた。
悔しいに、決まっている。慎吾はそれだけの努力をしたのだ。誰もいないプールで、一人。
必死になって泳いでいたあの姿を私は知っている。

「それに。俺の事はまぁ、ええ。馬鹿なのは、どうしようもないしな?せやけど。
天音の事は、言ったらいかんわ。それにお前ら、天音だけじゃなくて野乃香ちゃんまで侮辱したしなぁ?
そんなに悔しいんやったら、天音に負けんくらい可愛い嫁さん貰って見んかい!」

慎吾が、吠えた。
何だか笑えるような台詞を吐きながら、その大きな体全部で私を庇って。
連中はその慎吾の迫力に気圧されたのか「悪かったな・・・」と小さな声で呟くと、脱兎の如くその場から逃げ出した。

「・・・・・慎吾、あり・・・」

ありがとうございます、と言おうとした私を後ろ手に上げられた慎吾の腕が止めた。

「堪忍、天音。ちょぉ、俺に構わんといてや。今、天音に構われたら、何言ってまうか分からんのや・・・」

そう吐き出した慎吾の声も、背中も。
震えていた。